反転した世界にて5
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あれから。
僕と荒井くんは合計で二時間近く話し込んだ後、外が暗くなってきた頃合いで、僕たちは喫茶店を後にした。
その後も電車までは一緒だったので、駅で別れるまでの間の話題も尽きることを知らず。
議論の焦点は勿論、この世界の価値観について。
――例えば、"元の赤沢拓郎について"。
この世界にも僕――赤沢拓郎は存在していて、彼は彼なりの生活を――輝かしい青春を送っていたはずなのだ。
それなのに、その中身だけが僕と入れ替わってっしまっている。では元の――反転した世界での赤沢拓郎は、一体どこへ行ってしまったのか。
気になってしまうのは、やはり罪悪感ゆえか。僕は知らず知らず無自覚に、"この世界の赤沢拓郎"に乗り移って、厚顔無恥に"この世界の拓郎"と名乗って生きようとしている。
――でも、これも荒井くんから言わせれば、
「入れ替わってる、って感じはしねーな。記憶喪失っていうならわかるけど」
「その心は」
「だってさ。話せば話すほど、拓郎は拓郎のままなんだもの。中身は別人ですなんて言われても、しっくりこないぜ」
「いや、でも実際に――っ」
発言の途中で、荒井くんがじーっと僕の顔を覗き込んでいるのに気づいて、僕は慌てて顔を背ける。誤解して欲しくないのだけど、別に荒井くんのおげちゃな相貌を、視界に入れたくなかったからとかでは決してない。そんなド失礼な理由ではなく、ただ単に目を合わせるのが怖かったからだ。
ふん、と荒井くんは鼻を鳴らして、なぜか勝ち誇ったような顔で、話を続ける。
「――そういう変に頑固なところとか。こっちから目を合わせようと、すぐに逸らそうとするところとか。話し方から細かい仕草に癖まで、俺の知ってる拓郎そのものだよ」
「むむむ」
論破できない。
荒井くんがそういう認識である以上――そのように思い込んでいる以上、今の僕が、本物の僕――"この世界の赤沢拓郎"ではないことを、証明することのできる証拠は存在しない。
僕の記憶だけが頼りなのに。荒井くんは、『なら記憶喪失だな』と判断してしまった。
物的証拠はない。
――例えば、僕の携帯電話。中学卒業と同時に買ってもらってから一年半ほど使ってきた記憶はあるのだけど、しかし中身――アドレス帳には、僕の知らない連絡先が登録されていた。
具体的には、荒井くんの連絡先と、"母さんの携帯電話番号"。
そして逆に、登録されている筈の"父さんの携帯電話番号"が、見つからなかった。母さんは自分の携帯を持っていなかったはずなのに。
「むぅ……」
このまま家まで連れて行けば――、いや駄目か。朝は気が付かなかったけれど、携帯の中身まで僕の知らない内容に変わっているのだ。僕の部屋は、この世界基準で僕の部屋のままである可能性が、高い。
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