十ニ 傷と痕
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慕を止めたくなかった。思い出に浸るその瞬間に、彼は過去へと想いを馳せ、そして彼女の姿を思い浮かべる。瞬きすれば掻き消えてしまう。そんな短い蛍の光を追い求める。
横島にとって全身の傷痕は、過去の柵に囚われるための咎、そのものだった。
全てを消散したいとは思わない。けれど過去の失態や反省に後悔といったものは忘れたい。
矛盾の炎は横島を燻り、つい何の痕もないナルトの肌の白さを妬むように見つめた。
「…そんなことはない、と思う…」
淡々と、しかし生まれて初めて言われた[羨望]の言葉に戸惑いながら、ナルトが口を開く。
「…傷はお前が生きて足掻いて努力した証。痕は立ち向かい這い上がって掴み取った命の証拠だ…………自身の生を最優先とするのは当然。諦めず投げ捨てず、それだけ永らえたその数多の傷痕は、誇るべき点だと思うが?……」
「…………」
「この傷の分だけ死から免れたんだ…もう二度と、同じ過ちは繰り返さないだろ?…」
「……ッッ」
ひゅっと横島の喉が鳴った。
繰り返すのは想いと懐旧の思い出。
しかし確かに、傷を受けた時と同じような場面に陥っても、即座に横島は打開策を考え付き、傷一つ受けずに失態を再現しない。彼は無意識に、失態や失敗を覆して、逆に成功を成していたのだった。
「……え……?…………あ…」
横島の片眼から、涙が一粒零れ落ちた。透明な、雫。
無意識に、それでいて止め処なく流れる筋が、彼の頬を濡らしていく。
それに最も驚愕したのは横島自身で。
困惑しながら頬に手をやり、その指に温かみを感じた途端…。
息が詰まった。
必死で酸素を取り込もうと開閉する口は何の意味もなく。
からからと渇いた咽から、無理に声を絞り出す。擦れた音が、いやに大きく響き渡った。
静謐な湖と同様黙していたナルトが、はたと周囲を見渡す。
その視線の先を追って、彼はまたもや息が詰まった。
ハッハッと獣のような荒い息を立てる横島のすぐ傍で、小さなナニカが光を灯す。
点滅を繰り返すソレに引き寄せられたのか、湖の上を滑るように飛び回るナニカは後から後から増えていく。
湖上で華麗に舞い、闇夜を美しく彩る――――蛍の大群。
…―――――――限界だった。
「う…うわあああああああああッッッ………!!!」
形に出来ない、悲しみ哀しみ……………。言葉に言い表せない、痛み悼み…………。
泣いた事は何度もある。けれどそれはいつだって、低く低く押し殺した、ほんの微かな鳴咽。
素直に泣けたのは、嘆きの声を張り上げた、あの時だけ。
…世間で知られる横島忠夫ではなく、横島自身を愛してくれた女性を、失ったあの瞬間。
泣くことへの我慢は耐え慣れていたはずなのに、魂
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