十 道化師は哂う 後編
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救いたい、助けたい、守りたい、護りたい。 いかないで、往かないで、行かないで、逝かないで。
「生きて……ヨコシマ………っ」
真黒な脳裏に仄かな光を感じ、ソレを掴もうと手を伸ばす。途端、身体の奥底から湧き上がる熱。
徐々に胸から広がるそのあたたかさに、横島は身を委ねた。
全身を命の水が浸透していくような。肉体の全ての血管に血が廻るような。
硬直していた冷たい指先が、東京タワーの硬い鉄筋をじゃりっと引っ掻く。
重たい瞼をゆっくり開いて、自分を見つめるルシオラと視線が搗ち合った。
ルシオラの無事を喜ぶと同時に、目の前の彼女の微笑みがあまりにも透明で、今にも消えてしまうような錯覚に陥る。言い様のない違和感をすぐさま抑え込み、勘違いだろうと横島は頭を振った。
すぐさま彼女に美神を助けに行けと言われた横島は、後ろ髪を引かれつつも「大丈夫だから」というルシオラの一言に押され、その場を離れる。彼女の身を案じながらも、洪水の如く溢れ返る魔力の渦に向かって、其処にいるであろう魔王のもとへ横島は向かった。
彼はルシオラを信じる故に、素直な彼女が嘘を口にするとは思いもよらなかった。彼女が生まれて初めてついた嘘に、横島はまんまと騙されてしまったのだ。
最初で最後の哀しい嘘は、正しく運命の分かれ道だった。
風前の灯火は蛍火に包まれ、大きく燃え上がる。
蛍火の光はその輝きと相俟って、衰えていく。
灯火は炎となり、名残惜しそうに蛍火から遠阪り。
残ったのは、ちらちらと炎を見送った小さな光。
仄かな灯は音も無く、誰に看取られるでもなく。
ただ想い人との思い出と、一緒に見た夕焼けの紅に記憶を馳せて。
瞳を静かに閉じた。
横島は今、アシュタロスと対峙していた。彼は策略をめぐらして美神を助け、魔王の欲する『魂の結晶』までも手にしていた。
右手に持つのは【滅】の文字が入った文珠。左手に持つのは『魂の結晶』。
返せという魔王アシュタロスの言葉は耳に入らず、コレを破壊すれば全て終わると横島は思っていた。
しかしながら、ようやく形勢が逆転したかのように思われたその場は、魔王の一言で一転する。
『ルシオラを助けたくないのか』
ルシオラが横島の命と引き換えに死んだと事実を述べるアシュタロス。『魂の結晶』を渡せば彼女を生き返らせてやろうと、甘言を紡ぐ。
衝撃的な言葉を聞き、横島は動揺する。
魔王に『魂の結晶』を渡せば、ルシオラは生き返る。
渡さずに壊せば、世界は救われるがルシオラは生き返らない。
―――――――――――――――――――世界か恋人か。ふたつにひとつ。
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