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剣の丘に花は咲く 
第八章 望郷の小夜曲
第一話 ゆ、夢?
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あなたを抱きしめてあげる……あなたの中にいる皆が、あなたを抱きしめるから……だから……我慢しなくていいんだよ」

 イリヤはそっと士郎に顔を近づけると、涙が流れ続ける目尻に唇を当てた。

「シロウは一人じゃないから……周りに誰もいなくても……あなたの中に……みんないるから……」

 柔らかく微笑むイリヤの頬を、涙が流れていく。
 柔らかに膨れる頬をなぞり、顎先から滴り落ちる雫は膝をつく士郎の足に落ちる。
 雫が足に落ちる度に、士郎の心に暖かなものが満ちていく。
 イリヤの最後の涙が足に触れると、士郎はゆっくりと立ち上がった。
 イリヤは士郎を見上げる。
 その目には、未だ涙で潤んでいる。

「行くの?」
「ああ」

 くるりと背を向けた士郎に、イリヤが声をかける。士郎はそれを振り向かずに応えた。

「大丈夫?」
「みんなの……イリヤのおかげでな」

 イリヤの心配に、笑みを含んだ声で答える士郎。そんな士郎に、イリヤの顔に浮かんでいた笑みが深くなる。

「ふふふ……それはそうよ……なんたって私は―――」

 歩き出した士郎の背を見つめ、イリヤは風に揺れる髪を抑えながら、泣き笑いのような声で呟く。

「―――シロウのお姉ちゃんだから……ね」














 士郎がイリヤの下から離れた瞬間、世界は闇に落ちた。まるで電気を消したかのように暗闇に落ちた世界に、しかし士郎は慌てることなく歩き続けていた。足にはしっかりとした地面の感触があった。上下のない世界ではないようだと、妙に冷静な考えを浮かべながら士郎は歩いている。
 一体どれだけ歩いたのか、視界の端に、光りが見えた気がした士郎は、そちらに向かって歩き始めた。すると、闇の中に浮かぶ光りを見付けた。士郎ははやる気持ちを抑え、一歩一歩確実に足を踏みしめその光に向かって歩き出す。次第に光は大きくなり、段々とその形が見えてきた。 

「まさ、か……」

 闇に灯る唯一の光り。
 それを後光のように背にして立つ人影があった。
 その正体に気付いた士郎は、身体を震わせると、突然走り始めた。
 全力で駆けていく。
 歩きとはその速度が違う。
 しかし、歩くよりも格段に早いはずが、光は近づくどころか段々と遠ざかっていく。
 士郎は小さくなっていく光に手を伸ばし、更に足に力を込める。

「……っ……ま、待ってくれっ!!」

 大きく上げた声は、光に届く前に闇に吸い込まれ消えていく。
 しかし、士郎は諦めることなく声を上げる。

「待ってっ……くれっ……ッ!!」

 必死に願うように叫ぶ声は届かず、光りは次第にか細く小さくなっていく。
 消えかける光に食らいつくように、士郎は全身の力を振り絞り一気に
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