アインクラッド 前編
Deep psyche
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語っていた。
戸惑うマサキの胸に、不意に懐かしさが湧いた。
何を今更、と頭の中で誰かが嗤う。――大体、ここがあの学校だとどうして断言できる? そんな確証など、この世界のどこにも在るはずがないのに。
だが、取って付けたような屁理屈では、マサキは止められなかった。無意識的に右手を突き出して、前の席に座る男子生徒の肩を掴もうとする。
あと5センチ、あと3センチ。
そして、震える指と肩との距離があと1センチを切ったとき、彼の姿が音もなく掻き消えた。
「なっ……!?」
突然の事態にマサキは目を見開いた。咄嗟に体ごと腕を前へ伸ばす。だが、その手が何かしらの物体に触れることはなかった。
「クスクス……クスクス……」
どれくらいだろうか、そのままの姿勢で硬直していたマサキの耳に、陰湿な笑い声が流れ込んだ。
マサキはゆっくりと顔を上げ、周囲を窺う。すると、マサキの周囲の席はぽっかりと穴が開いたように無人になっていて、代わりに空間の壁際から、マサキに対して冷たい視線が浴びせかけられた。
妬み、哀れみ、嘲笑、蔑み。この世に存在するマイナスの感情全てが、視線や笑い声、時々耳に届く陰口としてマサキに向けられる。
そして、皮肉にもその光景が、この場所がどこなのかを証明して見せた。
――ああ、そうか。やっぱりここは、学校だったのか。
マサキの口から、力のない笑みが漏れた。椅子に座り直して目を瞑り、手で耳を塞ぐ。マサキの中から、光が、音が、ゆっくりと消滅していく。
――そうだ、これでいい。あんな奴らに自分のことなど、何一つ解るわけがないのだから。
マサキは一度鼻をならすと、自分を覆う冷たい闇に身を委ねた。今まで見ていた光が、聞いていた音が、水平線に沈む夕日のように、微かな残響を残して消えてゆく。
すると、光が薄らいでいくのと呼応するように、マサキの周囲に人影が現れた。マサキと同じくビジネススーツを纏い、愛想のいい、しかし上辺だけの笑顔を振りまきながら、それぞれ二つずつついた手と舌をせかせかと動かす。夕日が沈むに比例してその人影は数を増し、具現した人の波がさらに消えかけた日の光を遮っていく。
やがて夕日の本体はその姿を全て水平線の下に隠し、空に零れた光の滓も、とうとう最後の一つとなった……その時だった。
『……いよ、……は』
そのほとんどを闇と静寂が覆った世界で、最後になった粒から一つの言葉が響いた。それは声と、光と呼ぶにはあまりにも静かで。しかし、音と、色と呼ぶには、少しばかり眩しすぎた。
「…………?」
マサキは閉じた瞳を、栓をした耳をそちらに向ける。するとその粒は瞬く間に肥大化し、溜め込んだ光を爆発させた。強烈なフラッシュは眼球を覆う厚い瞼をも貫き、そ
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