暁 〜小説投稿サイト〜
コミュニケーションの行方
必要な能力
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いどのような点が年配の世代と違うのか。その相違点の一つとしては、若者独特の感覚の、ノリを重んじる文化だろう。本来生活環境的に考えれば、若者は年配の人間と比べてリズム感や音感といった類のものは遥かに優れているはずである。そしてこの長所を最大限生かした会話スタイルがノリを重んじる文化になったのだろう。だが、これは一見コミュニケーションとも取られるが単にそういう訳ではない。
ノリという独特の韻を踏んだ会話様式は、そこから韻の踏みにくい単語を自然に排除する。それどころか、必然的に皆が同じような単語しか使わなくなるために、淘汰されてゆく言葉の数がとてつもなく多くなる。結果、本来進化に向かうはずの過程で退化現象が起こっているのだ。これこそが、日本語自体を薄っぺらな公用語だけの言語に仕立てている元凶なのである。そのことに関して、日本語は退化したといっても良いだろう。
しかしこの問題を解決し、退化の道を進化へと繋げることで日本語は、新たな次元へと進むことができるのだと私は思う。ではそのために何をすれば良いのか。
まず初めに念頭に置いておかなくてはならないのは、これから行動を起こしていくのは今社会人として生きている先人ではなく、ましては戦後の日本を「もはや戦後ではない」と言わせたシニア世代でもない。今、社会人としてこれからを歩もうとしている私達や社会人として新たな一歩を踏み出した若い社会人達。そんな人材こそがこの堕落してゆく日本語を美しい言語に戻し、さらには元より進化させることができる最良の人材なのだという事である。では、その私たちは何をすればよいのだろうか。
答えはいたって簡単である。もっとよく日本語を知る事。この一言に尽きる。これは決して学校や国の定める教育課程における勉強などではない。「学び」なのだ。本来人間はヒトという生物である限り学びの喜びは遺伝子レベルでインプットされているものなのだ。この好奇心があったからこそ、我々人類は高度な進化を遂げてきたのである。今必要なのは何もそんなに難しいことではないのだ。人類が本来持っている無限の好奇心、それのうちほんの少しを日本という国の語学に向けてみて欲しいのだ。そうすれば、必ず素晴らしい言葉や美しい詩に出会うだろう。
そこからだ。ほんの僅かな興味、そこから日本語の本来持つ美しさに気付けば、そのことを意識せずとも自然と日常会話にも変化がみられるだろう。それこそが、日本語の退化を止め、さらには進化へと歩みを進めるきっかけになるのだと、私は思う。
そして、母語をより理解し、様々なコミュニケーションの要素を考慮し、適切な表現が可能になることこそ、これからの社会でもっとも必要な、コミュニケーションの神髄なのではないだろうか。

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