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くらいくらい電子の森に・・・
第十八章
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る。それはオートで周囲の音を蓄積していてな、上司のセクハラ発言も集音していたんだよ。その証拠が、判決の決め手となった。あんたが会議にノーパソ持って行ったと聞いて、もしかしたらと思って調べてみたのさ』
「だ、そうだ、伊佐木」
ねぎらいの言葉もそこそこに携帯を切り、紺野さんが顔を上げた。
「この病院でサイバーテロ事件をでっちあげて俺に責任をなすりつけても、経営陣が不正を指示した証拠は残る。…こんな茶番を続ける意味はなくなったな。そこをどけ」
鼻から息が抜けるような音と共に、伊佐木の指からナイフが滑り落ちた。
「…やむをえない、だろうね。よってたかって、余計なことばかりしてくれる…」
さすがといおうか、まったく表情が揺るがない。彼はただ超然と、今までどおりの表情で紺野さんを見つめ返した。
「君らは虎口を脱したかもしれないが、これで我が社は窮地に立たされた。…一度生じた綻びは、どう繕おうとも必ず暴露される日が来る。だからこの件には、生贄が必要だったのだよ」
「…綻びを切り落とせば、新たな綻びが生まれる。あんたほどの人が、そんなことも気がつかないのか」
紺野さんは、それ以上何も言わずにただ伊佐木を睨みつけていた。てっきり殴るのかと思っていたけれど、ただ伊佐木の横をすり抜けて廊下に出た。僕らも慌てて後を追う。
「拘束とかしないで平気?腹いせに流迦さんが何かされたりしたら…」
「放っておけ、もう無害だ。腹いせとか憎しみとか、そんな感情であいつは動かねぇよ」
紺野さんは、吐き捨てるように言った。
「…そういう風に、出来ているんだ」
まだ部屋の中で、崩れたままの姿勢で紺野さんを見上げている八幡に、柚木が手を差し伸べた。
「行こうよ。…嫌でしょ、こんなとこ」
一瞬だけ顔を上げたけど、八幡はすぐに首を振って顔を伏せてしまった。
「ここに、います。伊佐木さんと一緒に」
「…あんたのことも殺そうとしたんだよ。もう、いいじゃん」
八幡は顔を伏せたまま、諦めたような微笑を浮かべた。
「…うまく、言えません。ただ、そういう風にしか生きられない人だって知ってるから。だから…私はここにいます」
「…八幡も、だよね」
柚木の表情に、少し哀しそうな影がよぎったと思ったけど、すぐに視線を上げて踵を返した。柚木が部屋を後にしたその時、伊佐木が口を開いた。
「これから、一般病棟へ、向かう気かね」
「当たり前でしょ。どっかの誰かのせいでタイムロスが出来ちゃったけどね!」
柚木は振り向かずに皮肉を返した。
「ちょっと振り向いて、窓の外を見てごらん」
伊佐木の言葉に、いぶかしげな表情を浮かべて振り向いた柚木が、一瞬で凍りついた。

中庭をはさんで窓から見える一般病棟の窓、その何枚かが、血の色に染まっていた。



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