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SAO−−鼠と鴉と撫子と
30,自己欺瞞のアルタリズム
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必要な利己主義だ。

ただ、ひたすら風の如く走り続けた所で、俺の視界に妙なものが写り込んだ。
急ブレーキをかけ、床へとしゃがみ込む。
拾ったのは食べかけのホットドッグ。
ソーセージの上についたケチャップを指ですくって舐めてみると、店売りよりもずっと旨味があった。
この数ヶ月、何度も食べた彼女の味は間違えるわけがない。

ホットドッグはすぐさま、耐久度を全損して形を失った。
ありがとう。もしもあと1分遅ければ、ここで俺が立ち止まることはなかったよ。

辺りを見渡すと、純白の内壁の中で一箇所だけ僅かに赤みを帯びている壁を見て取ることが出来た。
指で壁をタップしてみると、ウィンドウが表示される。

『システムによる扉の開閉遮断中。残り時間33:56』

右の数字がカウントダウンしているから34分で開くってことか?だけど、ダッカーが死ぬような仕掛けが中にあってサチ達が閉じこめられるなら一刻を争う。
思わず、扉を素手で叩いた。

――ドン。
感触は本当に硬く冷たい。しかし、僅かながらの手応えがあった。
《体術》を習得したあの岩はもっとずっと硬かったんだ。なにより、破壊不能オブジェクトなら出るであろう《immotal object》の表記は出現しない。

「壊せるのか?」

明確な攻撃の意図を持った瞬間、俺の胃がギュッと収縮するのを感じた。
幻想が顔をのぞかせる。残忍に笑うPoHの顔。響き渡る金切り声。そして、俺が生き残ったことを喜ぶ優しい一言。

吐き気と幻想を押し込んで短剣を抜き、久しぶりのソードスキルを放つ。

扉からは僅かな火花が飛び散っただけで、全く変化は見られなかった。
だけど、手応えとしてはもしかしたら、壊せるかもしれないと感じてしまう。

せり上がってくる吐き気で目の前が眩む。
それでも壁は壊れない。

短剣の刃が異常な速度で削れていく。
それでも壁は壊れない。

一撃、一撃。その手応えが僅かにでも残る限り、俺はぶら下げられた人参を諦めることなんて出来ない。

――ほんとうにもう戦えないのか
キリトはこんな俺を追いかけて、攻略作業を何ヶ月も休んでくれた。

――それじゃあさ、うちのギルドに入らないか?
ケイタには理想がある。まだ、死んでいいやつじゃない。

そして、夜な夜な死の恐怖に震えていたあの少女。
死にたくないと願い、逃げたいと泣いたあの少女。

いつの間にか短剣は全損して、俺は両腕で扉を叩き続けていた。
武器はもうないのか?もしかしたら、一本くらい俺の忘れている剣があるんじゃないか。

何でもいいとメニューのスクロールを早め、その装備を見つけた。
触れたのはたったの二度。そして、戦闘で使ったことも能力値すらも知らない謎の遺刀――メリッサ。

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