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或る皇国将校の回想録
第二部まつりごとの季節
第三十五話 千客万来・桜契社(下)
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皇紀五百六十八年 五月十六日 午後第三刻半
〈皇国〉水軍中佐 笹嶋定信


 新たに現れたのは三人の将官であった。敬礼を交わしながら笹島は陸の将官達を観察する。 一人は予告通り、実仁親王だ。笹島自身も最後まで北領の地で協力しあった事は記憶に新しい。 もう一人は窪岡少将、軍監本部戦務課長の要職についている。保胤中将の同期らしく、私的にも親しい関係を築いている事は笹嶋の耳にも入っている。
 最後の一人は片足を引きずりながら杖を突いたと四十半ば過ぎの痩身の准将――馬堂豊守だ。

「さぁ、楽にしてくれ。この場の最上級者は駒城の(じい)だ。」
 そう言いながら乾杯の用意をしている皇族少将を近衛少佐が無感情な眼で観察している。
窪岡少将は新城少佐とぼそぼそと何やら会話を交わし、父と話している馬堂中佐に視線を向けた。

「父上、来るのならば私に言ってくれても良かったでしょうに」
「会議の後に窪岡殿に捕まって連行されたんだ、私も驚いたよ。これでも忙しいのだが――これも軍務の内か」

「――まぁ、確かに随分と豪勢な顔触れですね、駒城の大殿様に軍司令官の若殿様、それに軍監本部の首席参謀閣下に近衛衆兵隊司令殿下、そして兵部省官房総務課の高級官僚ですからね――確かに上手くすれば父上のお仕事が捗りますね」
 
「そう思うのならば今日くらいは大人しくしていろ」
 心無しか引きつった笑みを浮かべた息子にどこか疲れた表情で注意するが
「謹んで了解致します、自分は、万事控え目が信条でして」と豊久は肩を竦めて答えるに留まった。



同日 午後第四刻半 桜契社大会堂
〈皇国〉陸軍中佐馬堂豊久


 皇族――遥か遠い昔に実権を失い、今では名目上の君主とその一族として政治的道具として立ち回り、古の御代から連綿と続く権威の齎す有難味と万民輔弼宣旨に対する恩義によって衆民が払う敬意によって〈皇国〉に君臨している一族である。
近衛の軍装を纏っている実仁親王と自身の旧友である新城直衛を眺めながら皇族将軍率いる近衛衆兵隊に思いを馳せる。
 ――あくまで名目上(・・・)、近衛を皇家の軍として保有している――筈だった。
だが戦時と云う言葉は時には何もかもを変えてしまう言葉である。だからこそ実仁親王殿下は直衛を再建の契機として近衛に引き入れ、大殿達が軍費削減の為に与えた儀仗用(お飾り)の弱兵達を本物の軍に変えようとしているのだろう。
――まぁ、それはいい。この〈皇国〉が圧倒的に戦力不足なのは確かだ、頼りになる部隊が幾らあっても困るものではない。だが、それはあくまで基本的に皇主陛下の認可の下に〈皇国〉陸軍の指揮下にある部隊として、だ。皇家の――とりわけ実仁親王の私兵になっては困る。
馬堂中佐にとって――否
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