第十六章
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一人の看護士が、ワゴンを押しながら隔離病棟の廊下を歩いていた。
さっきのバス横転騒ぎが落ち着いたので、少し時間を遅らせて、昼の巡回をしている。…普段なら、こんなことはありえない。いわゆる高機能自閉症を患う人の中には、毎日一定のパターンに沿った生活を送ることでしか安定できない人もいて、巡回の時間が前後するとパニックを起こす場合もあるから。
だから本当なら、男性の看護士にもついてきてほしかったけれど、横転事故に人手を取られているからわがままは言えない。
早速、奥の病室から不気味なうめき声が聞こえる。それはやがて、なにか水っぽいものを噛み締めるような音に変わった。看護士は小さくため息をつき、ワゴンを止めてカードキーをかざした。しかし、カードキーはエラーを返してくる。…カードキーを間違えて持ってきたのかもしれない。
いらいらしながら何度も叩きつける。それでも開かないから、婦長に無断で持ち出したマスターキーをかざした。…やった、開いた。ちょろい。
――最初は、逆光でよく見えなかった。
やがて目が慣れてくると、辺り一面が血の海と化していることに気がついた。そして粉々に砕けたルービックキューブの山に立ち尽くす、大柄な男。その男が抱えている、ぼろぼろの布袋のようなもの。男は『布袋』を執拗に齧っていた。
「…何を、齧っているの」
なんて場違いな質問。少し遅れて、逃げればよかったことに気がついた。
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その口元から、血と一緒に肉片がぼろり、と落ちた。その肉片は、耳の形をしていた。布袋は小さく呻いた。…人間、と咄嗟に判断するには、足りないパーツが多すぎた。眼も、鼻も、唇も。
そして気がついた。
この無惨な光景が、この世で見る最後の光景になると。
伊佐木が病院に来ている。
そして鬼塚先輩がデータを運んでいることを嗅ぎつけ、追跡を始めた。
二つの最悪な知らせを携えて、僕はボイラー室のドアを開けた。
「姶良、戻ったか!」
そう叫んだ紺野さんの顔は、ひどく蒼白に見えた。柚木と八幡は、流迦ちゃんのノートパソコンから離れた場所に固まって、口も利けない状態になっている。
「…大変なことになった」
例によって、笑っているのは流迦ちゃん一人だ。僕がノーパソを覗き込もうとすると、紺野さんが遮った。
「見ないほうがいい。…烏崎が、狂った」
――もう、たくさんだ。
何が起こっているのかなんて、ディスプレイを見なくても見当がつく。
ほんの一瞬、視界に入ったディスプレイの色は真っ赤だった。
「…今度は、何人死んだの」
「わからん。見える限りで2人だ。白石と、看護士が一人やられた」
「白石?」
「こいつらの一味だ。烏崎が目をかけて、可愛がっていた後輩だった…」
紺野さんは歯噛みして、ディスプレ
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