第五章
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いた。
「誰も応援してくれないし何かあれば悪口ばかりだ。どうしてなんだ」
「それは決まってるさ」
飲み屋で焼き鳥でビールに溺れつつ言ったその時のことである。カウンターにいるある客が彼に言うのだった。見ればゲーリッグの知らないごく普通の中年のサラリーマンだ。
「それはね」
「決まってるって?」
「あんたは金であのチームに入ったよな」
「それは」
「それでだよ」
彼の方は見ない。冷たい声で言うだけだった。
「それで皆あんたを見捨てたんだ」
「見捨てた?僕を」
「そうさ」
サラリーマンはさらに言うのだった。
「あんたをな」
「けれど僕は」
「あんたは心があった」
「心が!?」
「あの時はな。心があった」
ビールをここで一杯飲んでからの言葉だった。
「野球に対してはっきりとした心がな」
「僕にはあった」
「そうさ。けれどあんたはそれを捨てた」
またしても冷たい言葉である。
「金に目が眩んでな」
「・・・・・・・・・」
「だから皆あんたを見捨てた」
あまりにも厳しい現実を彼に告げる。
「それでな。見捨てたんだよ」
「そんな。それで皆僕を」
「あんたは堕ちた」
彼はまた言った。
「完全にな。もう誰からも慕われないし尊敬もされないさ」
「僕はもう・・・・・・」
「さあ、どっかに行ってくれ」
このサラリーマンもまた彼に辛かった。
「あんたの隣にいたんじゃ美味い酒が飲めないからな」
「・・・・・・・・・」
「あんた次からは来ないでくれよ」
カウンターの親父まで言う。この店は彼の馴染みの店で親父とはいつも楽しく談笑していた。しかしその親父までもがこう言ってきたのだ。
「迷惑だからな」
「迷惑、僕が」
「そうさ、迷惑だ」
見れば親父は嫌悪感に満ちた顔をしている。その顔で彼に言うのだ。
「迷惑なんだよ。次から来るなよ」
「僕は。もう」
彼は遂にわかった。金で全てを失ったのだと。今ここでようやくわかったのだ。
彼はこのシーズンで引退した。そして一人寂しくアメリカに帰りそのうえで故郷でひっそりと暮らした。ホームランバッターのゲーリッグは完全にいなくなった。もう英雄は何処にもいなかった。
堕ちた英雄 完
2009・2・18
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