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くらいくらい電子の森に・・・
第十五章
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く。

あの干しイカみたいな生き物が、近い将来アルテグラに跨る日が来るのかと思うと人として、いや、一自転車乗りとして腹が立つ。呪われたランドナー様、願わくば今一度、あ奴の新車を屠らんことを…という願いを込めて後姿を見送った。
駐輪場から一般病棟に戻る際、隔離病棟の前を通る。相変わらず現場は混乱しているけど、隔離病棟受付のおじさんは戻っていた。遠回りしても構わないけど、僕のことなんか覚えてないだろうし、何気なく素通りした。一般病棟の手前に着いたとき、後ろから砂利を踏む音が聞こえることに気がついた。
「君、ちょっといいかな」
よく通る、優しそうな声だったので、あまり警戒することなく振り向いた。
「あ、はい」
後ろに立っていたのは、40歳前後と思われる品のよさそうな男だった。仕立てのよさそうなベージュのコートは、丸の内あたりでよく見かける、高学歴なサラリーマンを思わせる。同じ深さに均等についた笑い皺も妙に印象的だ。
「隔離病棟の受付を探してるんだが、分かるかい?」
「隔離病棟?」
動揺を懸命に押し殺して、とりあえず聞き返した。すると彼は、笑い皺を少しだけ深めて、笑顔のような形を作った。
「ここに来るのは、初めてでね」
――あの声だ。
そう、直感した。携帯ごしだったけど、このよく通る声と綺麗な標準語は、あの男の声に違いない。ひそかに息を呑んで、かろうじて答える。
「…一般の受付を済まさないと。そうすれば、看護士さんが案内してくれますよ」
「ふぅん。…詳しいんだね。よく来るのかい」
笑顔を皺ひとつ分すら崩さず、彼は世間話を始めた。…僕の声に気がついてないのか?
「たまに。従姉妹が入院しているので」
僕も笑顔を作って応じた。すると彼は、少しだけ眉をひそめて『同情』の表情を作った。
「君の従姉妹ならまだ若いだろうに、気の毒なことだね」
「えぇ。でも前より幸せそうですよ。…じゃ、僕はもう帰るので」
そのまま歩み去ろうと、笑顔をへばりつかせたまま踵を返すと、彼は僕の前に、優雅な足取りで回りこんだ。
「どうやって帰るのかな?」
「え……」
「今そこで、バスの横転事故があってね。車両は通行止めなんだよ」
わきの下を、嫌な汗が伝った。彼は僕の顔を覗き込み、にっと笑った。
「見てごらん、バスは横転したままだ。私の車も、あの手前で足止めだよ。山頂のことだし、街中みたいに迅速には片付かないね。…歩きでは、ちょっと大変な距離だ」
「…わぁ、気がつかなかった。どうしようかな」
彼は威圧的な笑顔を緩め、少し顔を上げると、ふっと息をもらした。
「…自転車なら、行き来できるようだけどね。さっき、いやに目立つ自転車に乗った青年とすれ違ったよ」

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「………!」
顔を上げられなかった。僕の顔には、動揺の色がべ
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