参ノ巻
守るべきもの
1
[4/5]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
「待ちなさい、速穂!それはどういう…」
すっと障子が開いた。荒れる大海原を睨み付けているような厳めしい顔の速穂児が、さっとあたしの背を押しながら歩き出した。
ちらりと見たその後ろでは、村雨の奥方が放心したように座り込んでいた。
「行こう」
「…いいの?」
「いい。言うべきことは言った」
「速穂!」
そのとき、あたしさえびくりと肩を聳やかすような鋭い声が、速穂児の足を止めた。
肩越しにみると、般若のような顔をした男が、ずかずかとあたしたちに近づいてくるのが見える。
速穂児はあたしの体をくるりと返すと、その胸に抱き込んだ。
ええ、なっ、なに!
「顔を出すな。若は前田瑠螺蔚の顔を知っている」
あ、そういうこと。
「おまえ、どこへ行っていたんだ!…なんだ、その女は」
動かない方が良いと判断して黙っていると、首の後ろに速穂の硬い手の平を感じた。
「…若。お暇を頂きに参りました」
「よく言う。俺と会わずにまたどこかへ行くつもりだったのだろう。速穂、忍の足抜けは、なにと引き替えか、わかって言っているんだろうな」
「はい」
だめ!
あたしは藻掻いた。大丈夫とでも言うように、速穂児はあたしの肩を一度叩いた。
「わかっているなら、戻れ。今ならまだ許してやる」
「若にも、義母上にも、わたしは返しきれない程の恩が在ります。救って頂いた命、ここで返せというのなら、返しましょう」
だめだったら!
「…おまえ、変わったな」
ぽつりと小さい声で、千集は言った。それはなにかに傷ついたような力ない声だった。
「おまえの命なぞ貰っても何の役にも立たん。言ってみただけだ。父上にも言われていた。おまえはいつか旅立つと。そのときは決して引き留めるなと。知っていたか、父が忍の術を教えたのは、おまえがひとりでも生き延びていけるようにだ。ただ、まぁ、少しだけ、長く居すぎたな、おまえは」
千集の声が遠くなった。こちらに背を向けたらしかった。
「ねぇ」
あたしの顔に速穂児の掌がまわった。喋るなと言うことのようだ。顔を覆う掌は力なく添えられている。あたしは声を出さず速穂児を見上げた。
ねぇ、速穂児。千集、泣いているんじゃないかな。
涙は流していないかもしれない。でも、きっと心が啼いて
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2025 肥前のポチ