第六幕その二
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侶達は知っていたが何も言いはしない。そして平然と彼等を見ていた。
「変わった御坊様達もおられるな」
「ああ、きっと凄く徳の高い方々だぞ」
民衆達はイエズス会の者達を見てこう囁き合っていた。彼等のことを全く知りはしなかったのである。
「行こう、諸君!」
グレゴーリィは剣を掲げた。そして高らかに宣言する。
「モスクワへ!黄金の丸屋根が輝くモスクワへ!」
「陛下の宮殿に!」
兵士達も民衆達も叫ぶ。
「そして本来の玉座に戻られる!」
「ロシアは正しき血筋の下に!」
「行くぞ!」
グレゴーリィは馬を進めた。
「モスクワへ!」
「栄光と平和の為に!」
兵士達だけでなく民衆達もそれに続いた。後に彼等により殺された無残な屍達を残して。
モスクワは陥落した。ボリスの子等も彼に従った貴族達も殺された。フェオードルは姉を庇い、クセーニャはフェオードルを庇って死んだ。モスクワは炎に包まれた。そして多くの者が命を落とした。
クレムリンでグレゴーリィが皇帝になる。マリーナがその隣にいる。彼等は今権力の座についた。それを讃える声が宮殿に木霊する。
だがモスクワには死臭が満ちていた。犬が子供の首を咥えて走る。かって聖愚者をからかっていた子供の首であろうか。見れば多くの子供達も死んでいた。子供達だけでなく髭のある男も太った女も死んでいた。皆もの言わぬ骸となり烏や犬にその身体を貪られていた。
その中を一人の僧侶が歩く。あの聖愚者であった。
「流れよ赤い涙」
彼は言う。遠くに偽の皇帝を称える歌を聴きながら。
「泣くがいい、正教徒達よ。またすぐに戦乱が起こり、暗い闇に覆われる」
彼にはわかっていた。これからのロシアが。戦乱がなおも続きロシアが暗黒に覆われ続けることが。
「これがロシアの苦しみだ。泣くのだ」
屍達を見下ろして言う。
「泣け、ロシアの民よ。飢えたる民達よ!」
勝利を讃える歌がクレムリンから流れる。だがそれと同時に聖愚者の沈痛な叫びもまた木霊していた。それはモスクワを覆っていた。そしてロシアも。その空は今漆黒の無気味な雲に覆われていた。嵐と雪が吹き荒れ屍達を苛んでいた。
ボリス=ゴドゥノフ 完
2006・2・14
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