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ボリス=ゴドゥノフ
第五幕その四
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飼いは赤ん坊の頃に失明したそうで。長い間それで苦しんでいたと私に話しました」
「ふむ」
 ボリスはその話に興味を持った。そして静かに聞いていた。
「長い間暗闇の中にいて。夢でさえも暗闇であったそうです」
 これは当然のことであった。見るものが映るのが夢である。それがなくては夢も現われないのは道理であった。
「しかしある時突然見たこともない子供が夢の中に出て来たそうです」
「それが奇跡か」
「いえ、まだです」
 ピーメンは答えた。
「その子供が彼に言ったそうです。ウーグリチのプレオヴラジェーニエ大聖堂で祈るといいと」
「ウーグリチの」
 それを聞いたボリスの顔が不吉に動いた。
「はい。そこでディミートリィ皇子の墓の前で祈ると。目が見えるようになると」
「何ということだ」
 ボリスはそれを聞いて色を失った。
「して」
 ピーメンにさらに話すように急かす。また先程の様に狼狽が見られてきた。
「その子供はさらに言ったそうです。自分は天使になったから奇跡を起こせるようになったのだと」
「ふむ」
 ロシア正教では聖人と天使が混同されている部分がある。その為その天使もまた奇跡を容易に起こせるのである。これはロシアに元からあった土着の信仰も影響している。
「そして言われるままにそこに行き、祈ると」
「見えるようになったのだな」
「左様です。以上で私の話は終わります」
 そこまで言うと彼は立ち去った。ボリスは彼が去った後でいよいよ心の均衡を乱しはじめていた。
「わしのせいだ」
 彼は呟いた。
「わしが殺したからだ。そしてそれで皇子は天使に」
「お待ち下さい」
 貴族達が彼を制止する。
「では今ポーランドに来ているのは偽者なのですね?」
「皇子が亡くなられているのなら」
「いや、あれは皇子だ」
 ボリスはうなされたように呟く。
「生きているのだ。だから今こうして」
「陛下」
 最早貴族達の言葉は耳には入らなかった。
「わしが殺して、その恨みを晴らし、そして天使に・・・・・・。わしは罪を犯した」
「あれは事故です!」
「陛下は何も」
「事故か?果たしてそうなのか?」
 ボリスは誰に問うということもなくまた呟いた。

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