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巫哉
巫哉
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かったのだ。



 覚悟は決まった。いや、ずっと決まっていた。



 『彼』はずっと無為(むい)に生きてきた。生きる意味も知らず、死ぬこともできず、ただヒトや動物の生を眺めてきた。四千年、四千年だ。目的もなく生きるには、途方もなく長い時間だった。



 日紅と出会って、初めて『彼』は流れゆく時を惜しんだ。そしてこれからも必然として続く果てしない生を憎んだ。



 『彼』は見えない壁にかじりついている日紅に一歩寄った。



「俺は死ねない。死ぬことができない。自らこの身を傷つけ殺めることもできない」



「う、ん…」



「けれど、たったひとつだけ、俺の命を終わらせることができる方法がある」



 日紅は『彼』を見た。『彼』は、何を、何を言おうとしているのだろう。



 ど、くんと日紅の心臓が脈打った。



 『彼』が顔を寄せてくる。見えない壁越し、目と鼻の先に『彼』の顔がある。



「俺の真名を知るものが、ただ俺に触れればいい」



 日紅は一瞬でその意味を悟り、震えた。慌てて『彼』から離れようと手をついた壁が、日紅がぶつかっても今までびくともしなかった壁が、ほろりと光と化して崩れた。



 そのまま日紅はつんのめったように『彼』の腕の中へ倒れこんだ。



 冷たい『彼』の腕。紛れもなく、今日紅は『彼』に触れていた。



「いやーーーーーーーーーーーーーーー!離して、離して、離して!」



 日紅は混乱して暴れた。それをおさえて『彼』は日紅の背に腕をまわし抱きしめる。



「もう遅い」



 残酷な言葉が『彼』の唇からおちた。日紅はわけがわからないまま、『彼』を見上げた。いつの間にか溢れ出た涙で日紅の顔はぐしゃぐしゃだった。



「巫哉、巫哉…嘘だよね?あたしをからかってるんだよね?あたしが触っても巫哉、ほら、生きてる、もんね?嘘でしょ?そんなことないよね?」



 『彼』は肯定も否定もせずにただ笑っていた。日紅は現実についていけなくて震えながら首を振った。



「嘘、嘘、嘘!嘘だ、巫哉は死なないんだよ、そうでしょ、そうといってよ!巫哉の馬鹿!ばか!お願いだから何か言っ」



 日紅の声が途切れた。『彼』の腕がきつく日紅を抱きしめる。



 なに、え、いま、え…?



 『彼』の顔がゆっくりと離れた。重なった唇は、冷たいのにどこか熱い…。



「おまえのことなんか、嫌いだ」



 いつも聞いていたその言葉。けれど裏腹に『彼』の唇から頬笑みは消えない。その指が、茫然とする日紅の涙を拭う仕草も優しい。


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