巫哉
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ぼんやりと、していた。
今まで「ぼんやり」などした事などなかったが、きっとその時の状況を表すのはこの言葉が一番適切なのだろうと『彼』は思った。
気がつけば、時が流れていた。太陽は真上だ。『彼』は日紅の家の隣にある木の枝にいた。いつもの『彼』ならば、家を出る日紅に姿を消してついて行くのが常であるのに、それすら気がつかなかったようだ。
いつのまに、『彼』はこんなところにいたのだろうか。夜、様子のおかしかった日紅の話を聞いていたはずだ。それが、なぜ。日紅は、日紅はどこだろうか。
横を見た。窓。日紅の部屋の窓だ。そこから中を覗く。がらんとした部屋。かわいらしい人形も、机も、色褪せただ無機質な物の羅列としか映らない。そこに、あるべき人がいないから。
日紅。
ふらりと『彼』は動きだす。
その胸の奥で日紅の声が、ふと蘇る。
「巫哉あたし犀が、好き」
そうだ。昨夜、光のない部屋で、日紅は妙なことを言っていた。犀が好きだと。友情の意味ではないと。
好き。
わからない。言っているその意味が。それを『彼』に言うことで、日紅が伝えようとしたことが果たして何なのか。わからない。
わからない、ヒトの言う「好き」がどういうことなのか。妖である『彼』には。
何かが壊れそうに痛んだが、それが何かも、なぜ痛むのかも、ヒトではない『彼』にはわからない。
ふらりふらりと彷徨って、気がつけば日紅を追ったのか学校にいた。ヒトの子は大きくなるまでコンクリートの建物に詰め込まれて学を得る。『彼』はそれを全くくだらないと考えていた。一日中じっと紙と向き合うなど、命の無駄でしかない。それより、森に出、走り回り、土を耕し、太陽の光を浴び、花を愛でた方が余程実りがあろうと言うもの。ヒトは限りある短い命をどれだけ無駄にしていることか。
「月夜。いるんだろ?」
声がした。『彼』の心が一気に現実に戻った。一番、聞きたくない声。
がらんとした学校の屋上、フェンスの前に犀がいた。腕を組んでフェンスにもたれかかっている。
「出てこいよ。おまえから俺は見えるかもしれないけど、俺からおまえは見えないから」
日紅は側にいないようだった。
犀が、『彼』とふたりきりで話す事など初めてだった。そもそもそんな必要もなかった。
それが、なぜ。
ちりりと『彼』の心が騒ぐ。
「日紅と付き合った」
静かに
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