巫哉
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なかった。
「…おまえ、今の自分の顔鏡で見てみるといいよ。じゃあな」
顔?
犀は言うだけ言うとそのまま屋上から出て行ってしまった。後に残ったのはただ戸惑うだけの『彼』だ。
犀が言った、顔とは何だ。
顔と言っても、彼はヒトのように考えていることと表情が必ずしも連動するわけではない。今の『彼』は、いつものように不機嫌な顔を崩していないその筈だ。
『彼』は屋上のドアに自らの面を映してみた。
むすりとした銀髪紅瞳の年若い子供が映る。『彼』だ。なにも、変わっていない。ただ変わっていないはずなのに、なぜかずっと見ているのが不快で、『彼』はすぐに背を向けた。
ずきりずきりと痛んだそれは、どこだ。『彼』の身体か、それとも心などと言うものか。
ずっとずっと側にいて大切にしてきた日紅は、犀という唯一無二の相手を見つけた。
いままで『彼』に向けられてきた日紅の、眩しいくらいのあの笑顔は全て犀のものになった。
日紅は犀と結婚しそして、犀の子供を産むのだ。
それは決して『彼』が与えることのできない、命の温もりだ。
日紅の子も大きくなり、また誰か相手を見つけ、子供ができる。日紅の命が連綿と続いて行く。それをずっと側にいて見守ることができたら、それは、どんなに幸せなことだろうか。
『彼』は秘かに微笑んだ。優しい笑みだった。それからゆっくり地から足を離し、風にのった。
頬で風を受けるのが「心地いい」。それを『彼』に教えてくれたのも、日紅だった。
いままでごちゃごちゃと思考が乱れていたのが不思議なぐらい、『彼』の心は落ちついていた。
それ、を自分で認めることはできないのだ。それを認めれば、多くを望むようになる。そうすればきっと、正しい何かを歪めてしまう。そんなことは、『彼』の望むところではないし、日紅も悲しむだろう。それは絶対にしてはならない。『彼』は何でも望むことを叶えられるからこそ、地球の理を歪めてはいけないのだ。
『彼』の笑みは崩れなかった。
日紅の命が紡がれてゆく、それを見守るのは確かにこの上もない幸せだろう。また不死の『彼』にしかできないことでもある。
けれど、それを思ったときに、気づいてしまった。
たとえ日紅の子がいても、そこに日紅がいないのなら、何の意味もないと。
そう考えた自分に、驚き、また同時に納得もした。
そうか。だから、そうだったのか、と。
色とりどりの家の屋根は眼下に過ぎてゆく。日
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