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巫哉

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犀が落とした言葉が、『彼』のまわりに波紋を広げて絡みつく。



 耳障りな声だ。五月蠅い、うるさい。



「…やっぱりいたのか」



 犀が、軽くため息をついて言った。



 『彼』は、『彼』自身でも意識しないうちに、犀の前に姿を現してしまったようだった。



「月夜、おまえ日紅のことどう思ってんの。正直に言え。一応言っとくけど、はぐらかしたりしたらぶっとばすから」



 はっ、と『彼』は笑った。虚勢を虚勢だと気づかぬまま、『彼』は口を開く。



「なに言ってやがるてめぇ。俺は…」



 『彼』の声はそこで途切れた。犀は笑いもせずにじっと『彼』の返事を待っている。まるで、もう『彼』の選ぶ返事を知っているかのような、達観した表情だった。



 しかし、『彼』はわからなかった。



 いつものように、「日紅のことなど嫌いだ」と返せばいい。たったそれだけのことなのに、何故か、声が胸に詰まっているように、言葉が出てこない。



「…俺、は」



 声の出し方を忘れたわけじゃない。なのに、なぜたった一言が出てこないのか。



「嫌い、だ」



 ようよう絞り出した言葉にも、犀は無反応だった。



 (しばら)く、無言の時間が流れた。



「日紅は、俺のことが好きだ」



 どれくらいたったのか。そう唐突に犀は言った。



 その言葉に『彼』が何か感じるよりも早く、犀は続けた。



「俺も日紅のことが好きだ。ずっと好きだった。だれにも渡したくないくらい好きだ。」



 聞きたくない。『彼』は唸った。



 ぐわりと明るい青空が歪む。『彼』と犀。世界中で、息づいている時間が今ここしかないように、その他の景色は時間が止まったように色褪せて感じる。



 犀はまっすぐに『彼』を見ていた。『彼』は視線を逸らす。



「お互いに好きだから、付き合うことになった。俺は日紅を大事にする。絶対に悲しませたりしない。映画に行ったりとか、デートしたりとか、二人で一緒に勉強して、一緒に水族館とかにも行って。沢山思い出を作って、あいつ意地っ張りだからもしかしたら喧嘩する事もあるかもしれないけど、絶対に仲直りする。それで、もう少ししたら、結婚して、子供もできて、これ以上ないってぐらいの幸せな家族になる。」



 やめろ!



「でも日紅のことを『嫌い』なお前には、関係ないか」



 突き放すように犀は言った。幸せな話をしている筈なのに、犀の顔に笑顔はなかった。犀は『彼』の態度に苛立っているようだったが、それが具体的に何かは『彼』にはわから
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