第三章
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「ほんまに」
「線路に飛び込もうとしてな」
「大騒ぎでしたわ。けど」
「もう二度とそんな苦労はさせんな」
「わしはやりますわ」
隠居に王手をかけた。飛車が龍馬になってそうした。
「将棋しかできませんけど」
「その将棋でやな」
「あれに楽させるようにします」
「頑張りや。そんでな」
「はい、そんで」
「この勝負の後どうするんや?」
隠居は王手をかけられた己の王将を動かしながら坂田に尋ねた。
「もうすぐ昼やで」
「何か食いに行きますわ」
昼だからそうする、坂田もこう返す。
「洋食がええでんな」
「あんたけど料理の名前は」
「読めんようになってますわ」
将棋ばかりしていて駒の文字以外は読めなくなっているからだ。
「まあそれでも近くの客の食うてるもんあれくれって言ってそれで済みますさかい」
「ええねんな」
「字は将棋の駒の文字がわかればええですわ」
こう項羽の様なことを言う。
「自分の名前も書けんようになりましたけどな」
「それでもええんやな」
「学問なんてわしには意味ありませんわ」
将棋だけだからだ。
「だからええですわ」
「あんたらしいな」
「じゃあこの勝負終わったらちょっと席外します」
隠居の逃げた王を追いながら答える。
「ほなまた」
「将棋の駒の名前さえわかれば」
「他の文字はええです」
こう言うのだった。坂田は実際にそれで満足していた。彼にとっては将棋が全てでありそれで生きていたからだ。
見えるものもそれだけでよかった。だが。
ある日急にだった。彼は目にかすみを覚えた。この日は床屋の前で将棋を打っていてそれを感じたのだ。
彼は己の右手で目を押さえて言った。
「何や、一体」
「あれっ、坂田はんどないしたんでっか?」
「何かあったんですか?」
床屋と他の客がその坂田に問うた。
「急に目を押さえて」
「埃でも入ったんですか」
「いや、何か急にかすんで」
こう彼等に答える。
「それでや」
「かすんだんでっか」
「そうなんでっか」
「そや。これは何や」
首を傾げさせながら言う坂田だった。
「目がかすんだら将棋の駒も見えんやないか」
「そやな。目の病気ちゃいまっか?」
「それやったら医者行った方がええですで」
床屋達は怪訝な顔で坂田に通院を勧めた。
「目は大事やさかい」
「そうしたらどうでっか?」
「そやな」
坂田も考える顔で答える。将棋を打ちながら西瓜も食う。
その西瓜は赤い、だがその赤もだった。
妙にかすんで見える、それで言うのだった。
「将棋は駒が見えるんとどうしようもないからな」
「ええ医者紹介しますで」
床屋は将棋の状況を見て言う。坂田の守りを崩せずその間に攻められ彼にとって不利な状況となっ
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