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或る皇国将校の回想録
第二部まつりごとの季節
第三十三話 備えあれど憂いあり
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に名も知らない男は飛び降りた。

「・・・・・・」
「何だ?大辺。」
隣に座っていた大辺少佐がじっとりとした視線で馬堂中佐を見ている。
「手馴れていますね」
「防諜室や特高憲兵は人手不足だったからな。まともになったのは堂賀准将――当時は大佐だったな、あの御仁が就任してからさ。俺が在籍していた頃はまだ再建の途中だった。それまでは防諜じゃなくて互いの脅迫の手段を探す方に熱心だったよ、魔導院に裏舞台から追い出されてから這い上がるのも一苦労ってやつだ」
 ――そう、俺が赴任していたのは、ようやく内輪もめを押さえ込み、職務を行える様になった頃だ。防諜室長として辣腕を振るっていた堂賀大佐にさんざんこき使われたものだった。
 ――さてさて、閑話休題、と。

「あぁ、一応もう一度あの辺を回ってくれ、捨て剣虎兵がうろついていたら拾うから。」
 そう馬堂中佐が御者に声をかける横で大辺少佐は――相変わらずですね、と溜息をはいた。


同日 午後第三刻半過ぎ 皇都西本条通り
駒城家 育預 新城直衛


視線をさまよわせ、考える。
 ――豊久は普段はアレでも謀り事には敏感だ。俺に警告するのだから奴自身も何かしら備えていてもおかしくない。例えば、軍監本部へ義兄に会う為に出頭していた時に古巣に立ち寄り協力を取り付ける等。
 だがそれも確証はない。荒事の気配を感じて気が高ぶり、不必要に行動的になっているのだろう、と自己分析をし、自嘲の笑みが浮かべる。
 ――浅ましい、千早の方が理性的かもしれないな。
そうおもいながら伏せていた顔を上げると視界の端に馬車が映った。
「どうやら向こうから迎えが来たようだな」
 鉄路馬車も混み出す時間だし調度良い、などとどうでもよい事を考えていると件の馬車の扉が開き、先程別れた面が手招きした。
「おぉ、引きがいいな、感謝しろ、そして敬え。」
「まことに申しわけないが貴様を敬うには過去の行状を知りすぎているな。貴様に酒を教えたのを誰だと思っている。」
 馬車に乗り込みながらお決まりの下らない言葉の応酬をする。

「それで? 今度は俺を釣りの餌にして何を釣った?」
「何だ、人聞きの悪い、心配して来てやったのに。なぁ、大辺」
「はい、中佐殿」
 軍人式の返答を白々しい口調で飾りつけた返事に豊久は苦笑して肩を竦めながら新城少佐に向き直った。
「貴様も厄介事に好かれるな、結構な腕っこきを引っ張り出した奴が居たらしい。――依頼元は調査待ちだ」
と言った。大方見当はついているが、確証がないのだろう。

「腕っこき、か。俺もそれなりに他人に認められたわけだな。あまりいい気はしないが」
 ――こういった時しか評価されていない様な気がする。
 
「窪岡少将と二人あわせて殺すつもりだったのかもしれないな。
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