巫哉
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『彼』は、隣にある木の幹に手を当て、その背よりもはるか高い空を見上げていた。
「巫哉…!」
日紅の瞳から涙が溢れた。
言いたいことはたくさんあった気がしたが、もはやなにも言葉にできず日紅はただ感情の赴くまま『彼』に駆け寄ろうとした。
「日紅」
けれど、静かな声が日紅の足を止めた。近づくことを許さない拒絶がその声にこめられているように思えた。
『彼』は相変わらず空を見上げ、日紅を見ようとしない。
凪いだ『彼』の気持ちと昂った日紅の気持ち、その感情のずれに日紅は戸惑う。
風がふたりの間をとうと吹き抜けた。『彼』の髪が風に弄られて千々に浮いた。
ふいに日紅は犀が『彼』の髪も瞳も黒いと言っていたのを思い出した。けれど目の前にいる『彼』はどう見ても白銀の髪だ。
「…犀が、巫哉の髪の色が黒いって、いってた」
『彼』に言いたいことは別にあると思ったが、日紅が口にしたのはそんな言葉だった。
「だろうな」
驚くかと思った『彼』は予想に反し淡々とそう言った。
「目も、黒だって」
「ああ。あいつの目も髪も黒いから」
『彼』の口元が歪んだ。まるで嘲笑っているようだった。
「あいつ、って犀のこと?今は、巫哉の話だよ?」
「そうだな」
日紅は困惑した。今まで、『彼』にこんな突き放されたような言い方なんてされたことはなかった。
「…あたしには、巫哉の髪も、目も、その…黒には見えないんだけど…」
「俺の色は見てるヤツの生来の色を映す」
日紅は一瞬ぽかんと呆気にとられた。
今のは、一体どういう意味だろうか。
見ているヒトの生来の色を映す?犀は生まれつきの日本人で、髪も目も黒いから、『彼』の髪も目も黒く見える、ってこと?
つまり見てる人によって『彼』の髪も目も肌の色さえも違って見えると、そう言っているのだろうか。
「でもあたし、目紅くないし髪だってそんな綺麗な銀色じゃないよ…」
「それは」
日紅は心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚を覚えた。『彼』がふいに日紅を見たのだ。
紅い瞳のなかに日紅が映る。
「俺の色だからだ」
『彼』はすっと日紅に向かって歩いてきた。
日紅はなぜか後ずさった。
「巫哉」
日紅はどくどくと鳴る心臓を押さえながら言った。
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