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シャンヴリルの黒猫
17話「魔力過多症」
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は足りないのである。

 再びユーゼリアに視線を向ける。安心しきった顔で寝ている彼女をみると、ここで巨大な魔力をぶっ放すのには躊躇する。
 一般人や新米剣士ならともかく、魔道士は魔力の動きに敏感なのだ。
 周りに魔物がいないのを確認してからゆっくりと立ち上がり、足音をたてずに森の中へと歩いてゆく。
 しばらく歩いてから、小さく声を出した。

「【風よ我が身を運べ】」

 直後、小さな竜巻がアシュレイを呑み込む。竜巻が収まる頃には、その場には注意しないと分からない程の僅かな魔力の残照しか残っていなかった。

 風属性最上級魔法のひとつ、いわゆる"瞬間移動"である。

 最上級だけあってこれだけでも大分魔力を削りとってくれるが、まだまだ足りない。
 キャンプ地からは1キロほど離れた森に移動したアシュレイは、空に狙いを定め、少しの逡巡の後に水属性戦術級魔法を放った。

「【白魔の女神】」

キ―――ン...

 瞬間、耳鳴りがするような静寂に包まれる。生命の鼓動も、皆時をわすれたかのように、動きを止めた。
 スゥっと、大気が冷たくなる。

ピシ...ピシッ......

 溜まった水が桶から少しずつ筋になって零れるように、何かがひび割れるような音が、妙に大きく響く。
 そして、それ・・は爆発するように起こった。

ピシ...バキバキバキ!!

 数秒とたたずに、狙った空から雹が降る。空気中の水分が凝固したものだ。
 間をおかずに、今度は狙った点の真下から、木が凍りついていった。そのままバキバキと音をたてながら、その冷気の塊は円形に広がってゆく。
 木も、草も、寝ていたグレイウルフも。
 中心の点から半径約200mの球状。その中にあった全ての"水"は、凍りつき、氷像と化した。

ビュウウウウウウ!

 凄まじい風が吹き荒れる。

 体から魔力が減るのを感じ、ほっと息をついた。魔力が充満してくると体中が熱くなり、何もしないでも疲れるのだ。
 風が止んでから一歩を踏み出す。氷の草を踏みしめると、硝子が割れるような音をたてて砕け散った。

「……寒いな」

 満足げながらも小さく身震いし、早くこの場から立ち去ろうと早口に呪文詠唱をする。

「【風よ我が身を運べ】」

 気温はマイナス50℃。
 5日後、未だに氷が溶けないこの場所が発見され、ポルス他近くの町、村で怪奇現象と良い景観から観光ツアーが計画されるのは、また別の話である。
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