第八章
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かけると、彼の顔が笑顔の形にゆがんだ。それを「笑顔」と信じていた。…小さかった、この子は。
扉の向こうの風景はするりと溶けて、私の中に入り込んだ。そしてその向こうに、もう一枚の扉。暗闇に薄く光る、どこか寂しい扉。
「…ぜったい、開けないんだから」
伸ばしかけた手を引っ込めて、自分に言い聞かせるように口の中で繰り返す。開けないんだから。言い切れるもの。この先に待ってるのは、すごくイヤな物語の結末。
やがて、扉は闇に溶けて消えた。
……やった、私の勝ちです!
「…私の、勝ち、ですから!」
口に出して、力強く頷いた。でも、実は何となく分かってる。
――開いてしまった一枚目の扉は、私を無傷でいさせてくれなかった。あの子の回想は、その感情ごと、私の中に沈下して離れてくれない。
――ご主人さまに、会いたいな。
ご主人さまなら、私が笑いかけたら、同じくらい笑い返してくれる。…柚木とか、紺野さんとかが一緒のときは、半分くらいしか笑ってくれないけど。それはきっと柚木や紺野さんよりも私のほうが好きだから!だと思う。たぶん。
――少なくとも、あんな胸が締め付けられそうな顔なんか絶対しない。
とにかく早く目覚めたいな。そして元気に挨拶するの。おはようございます、ご主人さまって。そうすれば、こんな変な気持ちなんて、すぐにでも吹っ飛んじゃうのに。
……長いなあ、スリープ状態……
……勝手に起きちゃおうかなぁ……
「……なぁ、姶良」
「なに」
「運転、替われや」
突如、謎の無茶振りを始めた紺野さんと、バックミラー越しに目を合わせる。
「…ごめん、よく意味がわかんないんだけど」
「つまり、この車の運転を、替わってくれということだ。アンダスタン?」
この人は、まだバックミラーを巧みに利用して柚木の寝顔を追っている。相変わらず、緊張が解けた途端に女の話だ。仕事とエロトーク以外にすることはないのか。
「…目的地を知らないのに、どう運転を替われと」
「目的地なら言っただろう。山梨の済生会病院だと」
「僕は音声入力のカーナビじゃない」
「じゃあ道案内してやろう。片手間に」
「なんの片手間だよ」
「んっふっふ、言わせるのかよ」
「やめなよ。警察呼ばれて殺人犯ですって証言されるよ」
「…不毛だな…」
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なんか同じタイミングで馬鹿馬鹿しくなったようで、どちらともなく黙り込んでしまい、少しのあいだ、沈黙が通り過ぎる。退屈まぎれに窓の外を見てみたりしてるけど、冬の山は常緑樹の杉だけがいやに元気で、たいして面白い風景じゃない。時折民家に吊るしてある干し柿を発見するのが楽しみだったけど、それも飽きてきた。…眠い。まだ午前中だ。
「…そこ、狭いだろ?」
うつらうつらし始めたころ、猫なで声で起こさ
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