第八章
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だれか』が、嬉しそうに体をゆする。サビに入ると、嬉しさでいっぱいになって踊りだしてしまった。『ご主人さま』は、ただニコニコしながら、ただ愛おしくてしかたがない目つきで私を見つめる。
《リンネは、本当に歌が好きなんだね》
「ご主人さまの次にですの!」何のためらいもなく答えた。本当に大好き。ご主人さまが好きな気持ちでいっぱいの彼女の裏側から、私はそっとこの人を見る。…綺麗だけど、なにか哀しそうな目をした人だなって思った。
《大好きだよ、リンネ。僕の友達は、君だけだ》
そう呟く彼は、満たされない寂しさで折れてしまいそうに見えた。でも嬉しさでいっぱいのリンネは、あまり気にしない。大好きだよって言われた嬉しさで、もうはちきれてしまいそうになってる。
「リンネも、ご主人さまだけですの!」
《いい子だね、リンネ…》
ご主人さまは、読んでいた本をそっと閉じて、うるんだ目を私に向けた。
「何を、読んでらしたんですか?」
《…ああ、詩集だよ》
「シシュウ?」
《宮沢賢治の、詩集》
読んで読んでとせがむリンネに、すこし困ったような笑顔を浮かべながら、彼は澄んだ細い声で《じゃ、序文だけだよ》と断って読み始めた。
わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失われ)
これらは二十二ヶ月の
過去とかんずる方角から
紙と鉱質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつづけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケッチです
…ここまで読んだとき、彼は咳を始めた。ごめんなさい、無理させちゃった、もういいです…そう言って、リンネは慌ててご主人さまを止めた。
「ご主人さまという現象は、因果交流電燈のひとつの青い照明、なんですの?」
ご主人さまが落ち着いた頃、リンネはそう訊いてみた。実は、よく意味が分からなかったから。
《…僕は、多分違う》
彼は弱々しく首を振り、薄く笑った。
《僕は出来損ないの裸電球だ。…せはしくせはしく、明滅してくれる『みんな』はいない。僕はこの白い病室で、誰にも顧みられずに1人で壁を照らす、一つの有機的な裸電球なんだよ》
彼は唇をかみ締めて、搾り出すように呟いた。
「ご主人さま…」
《……ねぇ、リンネ。僕は》
すがるように、彼はうるんだ瞳を上げた。
「ご主人さまには、このリンネがおりますの。私が、みんなの100倍も、1000倍も瞬くもの。そうすれば、ご主人さまの周りは光でいっぱいです!」
リンネがにっこり笑い
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