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船大工
第八章
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た。だが疑わしい人間についてはそれぞれ考えが巡らされる。当然ながらロシア人達が疑われる。その中にはイワノフもいたのだった。
 イワノフが皇帝かも知れない、そう考える者もいる。その中には彼の恋人であるマリーもいた。彼女はこのことに胸の中に深い不安を抱いていたのであった。
「困ったわ」
 彼女はこの時夜の酒場への道を歩いていた。酒場にはイワノフがいる、丁度その彼に会いに行くところであったのだ。不安げな顔で俯いて道を歩いていた。
「もしそうだったらどうしましょう」
 その不安げな顔で呟く。
「イワノフが皇帝だったら。私なんかじゃとても」
 庶民がロシア皇帝と結婚できるかどうか、それは彼女でもわかることであった。だからこそ悩んで苦しんでいるのである。俯いて顔を上げられはしなかった。
「結婚なんて。本当にそうだったら」
「もし」
 その彼女に声をかける者が来た。見ればそれはペーター、本当の皇帝であった。
「どうしたのですかな、娘さん」
「貴方は」
「ペーターです」
 顔をあげて尋ねたマリーに対して落ち着いた笑顔で答えてみせた。見ればそれだけで人を安心させる何かがある顔であった。
「そうでした、ペーターさんでしたね」
「はい。ところで」どうされました?」
 不安げな彼女の顔を見て問う。
「お困りのようですが」
「いえ、別に」
 顔を背ける。そうして一旦は否定しようとした。
「何も。ありません」
「そうは見えませんが」
 皇帝はそんな彼女に対して言った。
「そうでしょうか」
「はい。まさか」
 ここでふと勘が閃いた。彼女が何を考えて何を悩んでいるかわかったのだ。
「イワノフ君のことですね」
「おわかりなんですか」
「ええ、何となく」
 落ち着いた優しい笑顔のまま答える。彼女を安心させる為にあえてこうした笑顔になっている。意外な程気配りも効かせていた。
「やはりそうですか」
「あの、皇帝陛下がいらしてるんですよね」
「あっ、噂の」
 あえて自分のことは惚けてみせた。目を見れば芝居だとわかるような演技であったが深刻に悩んでいるマリーには見えないものであった。
「ロシアの皇帝ですか」
「イワノフはロシアから来ているんです」
 マリーはまた俯いてしまった。そのうえで皇帝本人に述べる。彼とは気付かずに。
「若しかしたら彼が」
「いえ、それはないです」
 皇帝はマリーのその言葉をすぐに否定してきた。

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