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或る皇国将校の回想録 前日譚 監察課の月例報告書
五月 栄光と黄金(下)
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けさせて盾にしたんです。――検分に立ち会った店の番頭が――それを壊したのは賊だったといえば――退役した後に面倒を見てやると」
 自身の副官が不可解そうに眉をひそめているのを横目に堂賀は書類に目を落としながら複雑な心境を飲み込むかのように深く息を吸い込んだ。

 衆民士官は精勤を続けて大尉、よくて少佐止まりだと云われている。太平が四半世紀にもなろうとしているとそれより上の席はすべて将家の物となっているからである。そして尉官の給金はけしてその仕事と比べて高いものではない。官吏自体にその傾向があるがその中でも頓に顕著である。何故ならば将校が将家の職業であった時代は父と子の両方が属している事が多く、給金に関しても見習いのそれでしかなかったからである。
 それは衆民が参入してからでも変わらない。衆民が参入しても将家達にとってそうした半ば徒弟制度じみたその価値観には何の影響も及ぼさないからである。だが、五将家の何れにも属さぬ身であったら小なりとも位階持ちの将家であってもどのような苦労を重ねる事になるか、堂賀は身を以て理解している。だからだろうか監察官らしからぬ言葉を発してしまった。
「私が護るのは陸軍です。貴方もその構成員であることは否定しません」

「自分は――でもこのまま――」
――おそらくは何がしか理由があるのだろう
「そちらまでは面倒を見るつもりはありません。ですが少なくともこの先、困る事はないでしょう。受勲に関する瑕疵は、唯一つ。それを除けば我々は問題がないと判断します。
――あちらの店とこれ以上、関わることは好ましくないでしょう。既に視警院は収税局を巻き込むつもりで動いています。このままでは遠からず貴方にも累が及ぶでしょうね」

「――」
無言で顔を伏せる中年の中尉を見やると首席監察官は傲然と判断を告げる。

「貴官のなした事については過失として記録には残る。だがその代わりに退役を認めるにはまだ数年かかるだろう――少なくとも一年以上」

「――はい、首席監察官殿」

「連中は君の部隊が交戦を開始した事で欲を出しただけで軍とは無関係に詐欺を働いた。
貴方は報告書の確認を怠り、間違いを訂正することなく提出した――そんなところが落としどころだろう」
 既に顔を伏せている中年中尉と硬直している松良大尉に退出するように合図をし、程なく会議室は兵部省の官僚二人のみになった。
「――金と政治、か。井田中尉はどうなるのでしょう?
いえ、あの二人、か。余計な事に関わってしまったものだ」

「松良大尉は遠からず昇進する、おそらくは匪賊がいまだ出没する龍州で討伐に従事することになるだろう、皇都に戻るのは数年かかるだろうな。
そして井田中尉は――」



皇紀五百六十四年 五月二十日 午前第九刻
兵部省陸軍局庁舎内 人務
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