第二部
第一章 〜暗雲〜
九十二 〜勅使〜
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、一度だけ名を聞いている。
そうありふれた名とも思えぬ、ましてやこうして協皇子と共にある時点で間違いあるまい。
「このような時故、些か変装はしておりますがな。この通り」
そう言って、盧植は顎髭に手をかけた。
見事な白い髭が、その顎から外されている。
なるほど、それで誰も反応を見せなかったか……なかなか見事な変装ぶりだ。
「私とて、姉上の傍を離れとうはない。……じゃが、私がおらねば張譲らも無体な真似は出来まい。そう盧植に諭されたのじゃ」
「それにしても、思い切られましたな。盧植殿、追っ手はかからなかったのでござるか?」
「禁裏の兵も、皆が十常侍の息がかかっている訳ではありませぬぞ。それに、このような事もあろうかと密かに準備もさせておきましてな」
なかなか、抜け目のない老人のようだ。
「頼る先は当初、エン州の曹操殿を考えていたのです。洛陽に近い諸侯の中でも力がありますからな」
「ふむ、華琳であれば間違いはなかろうかと。ですが、何故此方に?」
「土方が襄陽まで来ていると耳にしてな。姉上も何進も大層頼りにした男、それに月とは父娘の契りを結んでおる」
「それに、土方殿初め一騎当千の猛者と、綺羅星の如く智者が集っているとも。ならば、土方殿を頼ろうと思いましてな」
想いはわからぬでもない。
が、荊州は今芝居とは申せ、賊が跋扈する地だ。
如何に勅使と言えども、身の安全は保証されまい。
「殿下。それに盧植殿」
「何じゃ?」
「何ですかな?」
「幸い、何事もなかったようにござるが……。洛陽からならば、華琳、若しくは黄河を渡り麗羽を頼られるべきでござったな」
「土方。お前は、私の力にはなれぬと?」
不安げに私を見る協皇子。
「そうではござらぬ。私が偶さか襄陽郡にまで進んでいた故、こうして事なきを得てござる。ですが、それはあくまでも結果論」
「…………」
「それに、殿下を玉と狙うは宦官らだけとは限りませぬ。まずは、身の安全を第一に図るべきですぞ」
「土方……。私は、間違っていたのか……?」
「そこまでは申しませぬ。が、下策をお採りになった事だけは否定しませぬ」
「土方殿! いくら何でも無礼が過ぎましょう!」
盧植はいきり立つ。
「では盧植殿。もし邪な事を企む輩が、手勢を以て殿下を取り囲んでいたとしたら、貴殿は切り抜ける算段でもござったか?」
「馬鹿な。勅使を襲うなどと」
「黄巾党の残党であれば? 連中は陛下や殿下に対する敬意など払いませぬぞ?」
「ぐ……」
「盧植、もう止せ。私が軽率であったのだ」
「殿下!」
「わかれば宜しいのです。今は戦乱の世、それをお忘れなきよう」
手厳しいようだが、これでも抑えたつもりだ。
皇族という権威だけで全てが罷り通る時世ではないのだ。
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