暁 〜小説投稿サイト〜
至誠一貫
第二部
第一章 〜暗雲〜
九十二 〜勅使〜
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 江陵郡に入ったが、劉表軍は伊籍の申した通り、一切の手出しをする様子はなかった。
「雛里。劉表は約束を違えぬようだな」
「そのようですね。……あの、ご主人様」
「何だ?」
「伊籍さんの言葉を信じて動いていますが、お疑いにはならないのですか?」
「少なくとも、相手を騙して生きていける人物ではあるまい。それであれば信じても良かろう」
「そうですか。……それにしても、私がご主人様に持っていた印象と違うのでちょっと驚きました」
「私の印象?」
「はい。ご主人様は敵対する相手には厳しく、容赦がないと。……正直言って、お目にかかるまでは少し怖かったぐらいです」
「その印象、間違っている訳ではありませんよ。雛里」
 並んで行軍していた稟が、笑みをたたえながら言った。
「どういう事ですか?」
「確かに、以前の歳三様にはそういうところがありました。いえ、今でも苛烈な面は残っていますが」
「……はい」
「ですが、旗揚げ以来様々な経験をなされたせいか、この頃の歳三様は少しずつ寛容さを備えてきているように思います」
「稟。そう思うか?」
「ええ。お疑いでしたら、風や星にもお尋ね下さい。きっと、同じような答えが返ってきますから」
 自分でも気付かぬうちに、変化しているという訳か。
 だが、稟の指摘も的外れとは思えぬ。
「劉表の申し出を受ける以外に、良き手立てが思いつかなかっただけやも知れぬぞ?」
「ふふ、それはあるかも知れませんが。でも、良いではありませんか。仕官したての雛里に怯えられるよりは」
「あわわ……。そ、そんなつもりじゃないんです」
 こうして他愛もない会話をしていられる程、今は余裕があるという事だ。
 と、そこに誰かが駆け寄ってきた。
「歳三殿!」
「疾風(徐晃)か。襄陽城の様子はどうであった?」
「は。門は固く閉ざされ、一切の出入りが差し止められています。恐らく、私のような者が入り込むのを恐れているのかと」
「そうか。馬良らを救い出すのは困難のようだな」
「……残念ながら。何らかの策を立てるより他にないかと」
「わかった。劉表軍の動きから目を離すな」
「はっ!」
 疾風は頷き、また去って行く。
 その様子を、雛里が眼を丸くして見ていた。
「す、凄いですね……疾風さん。あっという間に」
「そうだな。疾風が居なければ、私は目が見えぬも同然。雛里も何かと頼りにする事になるであろう」
「そうですね……」
 何やら、頻りに頷く雛里。

 時折休息を取りながら、江陵の郡城を迂回するように我が軍は進む。
 糧秣にも限りがある故、あまり無駄な刻も費やせぬ。
 その気になれば郡城を襲えるという範囲には絶対に近付けぬ。
 これには、雛里の持っていた地図が役に立った。
「朱里ちゃんもそうでしたが、こればかりは
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