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或る皇国将校の回想録 前日譚 監察課の月例報告書
四月期 新任大尉の着任報告
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驚きを禁じ得なかった。少なくともここにそうした情報がこれだけ集約されている事は閉鎖的だと評される陸軍にも自浄能力がある事の証明であるのだと前向きに考えなおし、馬堂豊久陸軍大尉は再び眼前に展開した報告書の山と交戦を再開した。
「副官、首席官殿はおられるか?」
 監察官の一人である新沢中佐が豊久に問いかける。
「監察官殿、申し訳ありませんが首席監察官殿は人務部長閣下の御呼出しで外出しております。御用件は私が承ります」
ぴしり、と背筋を伸ばして豊久が相手に答える。
「おらんのか、じゃあ貴様にこれを預けておこう。後で首席監察官殿に御決裁をいただいてほしいのでな」
そう云うと抱えていた書類の束を豊久の執務机に乱暴に置いた。
「あ・・・」
墨液が容器から跳ね上がり、出来立ての報告書に降りかかった。
「それでは」
それを一瞥し、新沢監察官は副官の視線を避けてそそくさと立ち去って行く。
「・・・・・・」
無言でダメになった報告書を捻り潰し、素敵な監察官をシベリア(北領)送りにすべく鬼気迫った形相で書き直しにとりかかった。


同日 午後第三刻半
兵部省 陸軍局 人務部 監察課 首席監察官執務室
首席監察官附副官 兼 監察課主査 馬堂豊久大尉



「お疲れ様だな、副官」

「はい、首席監察官殿。当分はこの調子でしょうか?」

「去年は五月に入るまでは件数は落ちるがこのままだ。なに、大事は二年目、三年目の課員に任せれば良い。回された小規模な案件を熟して来月には監察課員として一人前になるものだ。――だが、今年はそうもいかない。駆け込みの仕事が入った。官房副長閣下から人務部に直接下りてきた案件だ」

「官房副長から下りてきた案件?」
豊久は思わず眉を顰めた。
 ――官房副長といえば陸軍の厄介事のにおいがするな。
「あぁ、だが裏事情は厄介だがそう危ない話ではない。駆け込みの受勲審査だ」

「――受勲ですか?その言い方だと余程の大事だと思いましたが」
 上官の予想外の言葉に豊久は首を傾げた。
「衆民院の選挙があり、執政と閣僚も変わったばかりだ。連中は衆民達に良い顔をしたくて軍費を削るつもりだ。兵部省として概算提出する前に陸軍は実績を求めている」

「概算の制作は七月から――あぁ、その前に局長協議がありましたね。
五月まではこっちも案件処理に大忙となると、人務から手札を得るなら今からとりかかる必要がありますね」
 局長会議とは官房長が座長を務める軍政方針と概算要求の割り当てを定めるための会議――という名の予算の奪い合いの事である。この二十年、大規模な戦争もなく兵部省に割り当てられる予算が抑えられている事から双方の政治的抗争は近年激化しつつあり、数年前から陸軍の影響力が強い将家が席を占める兵部大臣ではなく、文官
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