第七章 (3)
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みの役立たずね!」
「し、仕方ないだろ。ひとんちってよく分からないんだよ…」
柚木に酷いことを言われながらも、僕はけなげにコーンフレークの箱を振る。僕の仕事はこれだけだ。
「こら!もう出しすぎ!これ食べてみると結構多いんだよ!ほんと猫並みなんだから!」
箱を振るだけの仕事にすらダメ出しを受ける。
「あはは…まあまあ。柚木ちゃんの、こっちによこしな。出すぎた分は俺が食べるから」
紺野さんが、度量の大きいところをアピールしだした。何か挽回のチャンスはないか!?と食卓を見渡したが、そこにあるのは完成された朝ごはんのみ。僕に出来ることといえば、『醤油とって』とでも言われたら、さっとスマートに渡すことくらいだ。
…昨日『あんなこと』があった後とは思えない、穏やかな朝食の風景。しかも隣には柚木がいる。もう挽回がどうとか、どうでもいいや。僕は口の中で小さく『いただきます』と呟くと、スプーンを取った。
……柚木が、ご主人さまの頭を、『くしゃ』って触った。
私の『情報』でしかない両手を見つめる。私が百万回でも伝えたい一言は、その一触には、決して届かない。
触れるって、無敵だ。
こんな何も触れない手なんて、誰にも歩み寄れない足なんて、あってもなくてもおんなじ。そう思った瞬間、『あのMOGMOG』が初めて私の前に現れた時の姿を思い出した。
あの子、手も足も喪っていた。
…今ならわかる。あの子は気付いてしまったの。私たちは最初から、手も、足も持っていないっていうことに。多分私よりもずっと強烈に、そのことを突きつけられ続けたのね。胸がじわりと痛んだ。手元のリンゴに目を落とす。あの子は、ご主人さまを助けられなかった。きっともう永遠に会えない。ご主人さまを救えなかった手なんて、足なんて、ないのと一緒。そんな絶望感が、この硬いリンゴにいっぱい詰まってる。…私も、朝ごはんにしないとね。硬いリンゴを、無理やり一口かじる。
集音マイクが拾ってくれる、ご主人さまの声。それに柚木の声。二人とも、少し喧嘩しながら笑ってる。紺野さんの声もする。食べてるときは、あまり喋らないみたい。二人ともいい人。…胸は痛むけど、少し安心する。朝ごはんが終わったら、きっと私の前に帰ってきてくれるもの。
でももし、あの二人が突然『悪い人』になって、ご主人さまを殺し始めたら…。
きっと、私には何も出来ない。ただ泣き叫びながら、二度と会えなくなるご主人さまの骸を見守るだけ……ぴりっと、なにか『よくないもの』が私の中を蝕む気がした。何か、イヤだな、このリンゴ。早く食べちゃおう。
集音マイクの音に耳を傾けながら、もう一回リンゴをかじる。三人の、楽しそうな笑い声が響く。…胸に、響く。
青いスクリーンに映りこむドアの隙間に、ご主人さまの笑顔が見えた
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