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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第一話 天狼会戦
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い、こっち来んな。
 舌打ちをすると馬堂大尉は考える。
 ――この混乱の渦に巻き込まれるのは危険だ。
 混乱は組織を破壊する、この時代の騎兵はその象徴である。
 統制された戦列歩兵は騎兵を容易く屠るが潰走する歩兵を狩るのは騎兵の華である、つまりは統制が破壊されることにはそれほどの意味があるのだ。

 踵を返し、大隊本部へ戻る。混乱した集団は更なる混乱を引き起こす。そして混乱した集団の最中ではどんな人間も判断力が低下する。そして混乱の外にある者達もまともな情報把握が不可能になり、組織全体が麻痺してしまう。
 本来ならば統率する指揮官がその収集をつけるべきであるがそれも不可能だと馬堂大尉は判断していた。
 彼が独断で鎮台司令部に指示を仰ぐべく導術士に連絡を命じた際に、司令部がいち早く戦場から転進している事を確認している。
 寧ろ、司令部が真っ先に逃げ出したせいで主力部隊の混乱に拍車がかかっていく事は自明の理である。
 ――司令部が真っ先に『転進』か、下手したら水軍の船の上から撤退の指揮をとるつもりだろうか?
 脳内で散々、雲の上の将軍たちに悪罵を浴びせながら、馬堂大尉は自身と部隊の生存の為の行動を猛烈な勢いで思考する。
 彼は第十一大隊の情報幕僚である。であるからには状況をののしる時間があるのならば指揮官に対して戦況報告と撤退の進言をしなければならない。
 将校とはそうした生き物であるべきだ。

「――以上が現在の状況です。導術は混乱しています、波が入り乱れているそうです。
私は、今の内に徒歩で伝令を送った方が確実だと考えます。
なお、総予備である近衛第五旅団も既に転進を開始しております。准将閣下の御厚意で現在なら本隊も混乱に巻き込まれずに秩序を持って撤退が可能です。
撤退が僅かでも遅延すれば混乱に巻き込まれてしまいます。ここで潰走した部隊に巻き込まれてはまともな統率は不可能です。
大隊長殿、御決断を!」
 情報幕僚・馬堂大尉の言葉に大隊長である伊藤少佐が苦々しそうに頷く。
 他の幕僚達はざわめいている、軍事大国〈帝国〉が相手といえども、開戦してニ刻もしないで後退が始まるとは誰も思わなかっただろう。
 不安がパニックへと変じない事を祈りながらも、豊久自身も内心では怯えている事を自覚していた。
 伊藤大隊長だけが、不機嫌そうではあっても冷静に振舞っている。
「報告通りなら当分統制は取り戻せないな。
まぁいい、こうなったら時間との勝負だ。ただちに導術連絡を出せ。」
 幕僚達は明確な指揮を受け、安堵すると即座に行動を開始した。馬堂豊久もその中の一人である。
 ――騎兵将校は決断が早いと言う俗説は本当みたいだ、大将閣下と違ってありがたい。あれは義務を放棄しての早さだが。
 幕僚という生き物の性質として、指揮官が判断
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