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或る皇国将校の回想録
第一部北領戦役
第一話 天狼会戦
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兵隊は戦列を寸断され、射撃効果が激減してしまう。
 ――観戦武官がいたら報告書の内容に悩まないだろうな。
 急造の鎮台司令部、編成すら僅か二週間前の参謀達に実戦経験がほぼ皆無の兵達。
 戦漬けで領土を広げ続けている東方辺境軍百戦錬磨を体現した軍。
 その差が奇麗に映えた結果だ。
 ――特志幼年学校の教科書に載せたい位だ。
 そんな馬鹿げた考えが脳裏に浮かび、現実逃避をしていることに気づいた馬堂大尉は舌打ちをした。
 つまるところ、理論に逃げているだけで自分は何もしていないのだ。
 彼の覗く一里先の世界が震え、馬堂大尉は自分の手が震えている事に気づいた。
「――畜生」


同日 同刻 独立捜索剣虎兵第十一大隊 第二中隊本部
中隊兵站幕僚 新城直衛


 幾重にも連なる砲声が轟き、怒号や悲鳴に満ちみちた戦場に高らかに喇叭の音が響きわたる。

 一里も離れている総予備隊にも敗北をもたらす喊声が届く、第三東方辺境領胸甲騎兵聯隊の勇猛さは名高い。その一糸乱れぬ統制と、彼らの指揮官に対する忠誠はこの大協約世界において並ぶものがいない。
 そうした部隊の投入による影響は疑いを入れる必要もない、戦列が壊乱――否、粉砕された、
 元々猟兵達に優位をとられていた銃兵部隊にその精強さは大陸有数と称されている胸甲騎兵に銃剣一つで迎え撃つだけの戦意は残っていない。
 最前線で帝国騎兵の声を間近に聞いた者たちが泡を食って離脱し始める。
 士気というものは崩れればもろい、一角が抜ければ、恐怖に駆られた他の兵達も逃げ出す。皇国軍は既に連鎖的に狂乱状態へと陥っており、組織的な行動はもはや不可能だった。
「導術! 大隊本部はどこだ!何か指示はないのか!」
 第二中隊長の若菜大尉が喚いている。
 真面目が取り柄な男であるが、ことここに至っては柔軟性の欠如ばかりが目立っている。
 導術兵が若菜の命を受けて意識を集中させている。冬になると導術の使用は体力の消費が激しいために、頻繁に使用できるものではない。

 ――大隊本部は無事だろうが、この戦況で適切な指示を出せるのか?情報幕僚――豊久はこの戦況を把握しているのだろうか?大隊本部が対応してくれなければどうにもならない。
せめて奴が何とか大隊の混乱を治めてくれたら――。
 指揮権のない新城中尉は、狂乱状態の兵が迫る前に指示が来るよう、旧友が居る大隊本部を信じるしかなかった。


同日 第十刻半 独立捜索剣虎兵第十一大隊本部
大隊情報幕僚 馬堂豊久大尉


 恐慌状態の兵達を〈帝国〉騎兵が蹂躙する様を見て馬堂大尉は、溜息をついて望遠鏡を下ろした。
溜息をつくと逃げた幸せが逃げると言うが、この時ばかりは、狂乱した集団がこちらに向かっている、物理的な意味で。
 ――全く有り難くな
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