第一話 うつけ生まれるその四
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それでだ。こう言うのであった。
「姿形ではわからん。むしろ」
「むしろ?」
「どうだというのですか?」
「字はよいではないか」
住職は今その吉法師が書いた字を見ていた。それはかなり大きく太い。そして何処か細いものも見せる、そんな文字であった。
「吉法師様の文字はな」
「そういえば字は碌に習われていないのに」
「随分と慣れておられますね」
「確かに」
僧達もその文字を見て言う。
「一体何処で習っているのでしょうか」
「しかも多くの字を知っておられますな」
「これは何故」
「あの方にはもう字を覚えるということは当然のことかも知れん」
住職はその字を見ながら話す。
「そしてじゃ」
「そして」
「どうだというのですか」
「それからじゃな。あの方は」
目が自然に温かいものになっていた。そうしてであった。
「少し見させてもらうか」
「吉法師様をですね」
「まだ結論を出すのは早い。うつけ殿ではないかも知れん」
そう話していた。しかし他国にもだ。吉法師の評判は伝わっていた。
「それはまた酷いものだな」
「全くだ」
「織田信秀も世継ぎがそれではな」
「気の毒なことだ」
「これでは後はどうとでもなるな」
中には狸の皮算用もあった。
それは信秀の耳にも入っていた。そうしてだった。
大柄な身体に厳しい、髭で覆われた顔の男に白い眉と髪の皺の深い顔の男がだ。その信秀に対して意見をするのであった。
「殿、吉法師様ですが」
「あれで宜しいのでしょうか」
やはり彼のことであった。
「あの様なご乱行を続けられて」
「それで」
「あれ位でいいのだ」
しかしであった。信秀はこう言うのであった。
「むしろな」
「いえ、それはまさか」
「そこまでは」
「長尾影虎を見よ」
信秀はここで彼の名前を出した。
「あれも子供の頃はどうしようもない悪童だったそうではないか」
「はい、それはそうですが」
「しかし」
「権六」
だがここで信秀は髭の男、柴田勝家の名前を呼んだ。
そしてもう一人、林通勝の名も。
「新五郎」
「はい」
「何でしょうか」
「その方等、吉法師をよく見ておくのだ」
こう二人に告げるのだった。
「その為にその方等を吉法師の家老とする」
「家老ですか」
「我々が」
「そうだ、平手に次ぎ牛助と並ぶのだ」
佐久間信盛のことである。今はこの二人が吉法師の家老であった。どちらも忠義一徹の者達だ。だが信秀は彼に今時分の目の前にいる二人も家老とするというのだ。
「よいな」
「それはいいのですが」
「しかし吉法師様は」
「だからまたわかる」
信秀はこう言う。今は。
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