Neuf
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思わず振り返って、わたしは芝居も忘れて息をのんだ。
「きみは、生きるんだ」
ルパンは笑っていなかった。いつも微笑みを絶やさず貴公子然とした彼が、感情を顔に浮かべていなかった。振り返るわたしを待っていたかのように、その緑の視線は真っ直ぐにわたしのもとへ届いた。
いつも笑顔な人の無表情は、決して「無」表情なんかじゃなくて、それ自体でひとつの感情を表しているんじゃないだろうか。現にルパンは、表情を消してもその喉の奥で何らかの感情が渦巻いているようだ。でもそれがなんなのか、他人のわたしには理解できない。
なぜ、あなたはそんな目でわたしを見るの。
ルパンは瞬きもしなかった。言葉が消えたわたしたちの間に、空気すら同席を拒否したかのようだった。
そして、わたしは更に驚くものを見た。
ゆっくりと、重たげにルパンの左の目尻から涙が流れたのを、わたしは信じられないような驚きと、ちいさな失望のようなものに揉みくちゃにされながら見ていた。
目を逸らすことも、言葉を発することも、動くことも、呼吸すら忘れて、わたしたちは見つめ合っていった。
「きみは、生きるんだ。ナリョーシャ。どんなに、辛くて、苦しくても」
ぷつんとなにかが途切れた音がした。ルパンのその言葉で、空気が激しく荒くれる洪水のように戻ってくる。わたしは自分の感情に押し流されないように、大きく息を吸って足を踏ん張らねばならなかった。
「辛く」て、「苦し」くても?「生きる」?わたしにそれをいうの?フランスの犬でしかない、あなたが。
わたしは怒りで頭が煮えそうだった。
わたしは、このフランスで、辛くて苦しくなかったことなんて、たったの一度だってない!
でも日常のそれはわたしにとって本当の意味での「辛くて苦しいこと」ではないから。今がどんなに暗闇でもわたしには光が見えているから。目印さえあれば、わたしはどんな手を使ってでもどれだけ時間がかかっても、きっと辿り着いてみせる!
本当にわたしが絶望する時は、その光を失った時。
「あんたになんて…」
声が内包する怒りで震えた。
辛くて苦しくても生きろと、わたしにいうのは、わたしを下に見て侮辱することだ。
わたしは生きている。誰に言われずとも、わたしは生きて、泥を啜ってでもドイツへ帰る。愛しい生まれ故郷へ。
そのためだけに、わたしは生きている。今。
「きみを守りきれない僕を許してくれ、ナリョーシャ」
「触らないでっ!」
金切り声を上げてわたし
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