壱ノ巻
毒の粉
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長の瞳。以前見た時はむっつりと引き結ばれていただけだった唇が、今日は困惑するように薄く開いている。
それは、兄上が言っていた、最近うちに仕えるようになった発六郎という男だった。
「瑠螺蔚様…」
狼狽しながら、もう一歩、褥に近づいて、そっと片膝をついた。
あたしは震える手を隠そうと衾の下で握りしめた。
「どうか、なさったのですか?誰か人を呼んで」
「いい!…いいわ。大丈夫よ、大丈夫だから…」
あたしは涙をごしごしと袖でこすった。夢の名残を振り切るように、強く。
それから発六郎に向けてもう平気と少し笑って見せた。
けれど、発六郎はなんともいえない苦い顔であたしを見ていた。
笑ったそばから、あたしの頬に拭ったはずの涙が流れた。
ひとつ流れると、あとはもう次から次へとぽろぽろと溢れた。
止めようとしても、止まらない。
ああもう。こんなんで大丈夫だって言ったって説得力なんかありゃしない。
思わずうつむいた時、目先にすっと手布が差し出された。
発六郎がいつのまにかあたしの横にいて、少し顔を背けたまま無言でくたびれた手布を突き出しているのだった。
あたしはその不器用さにふっと笑った。
笑った拍子にまた涙が流れたけれども、その涙はもう冷たくなかった気がした。
「ありがとう」
「…いえ」
短く発六郎は答えた。
もう胸を締め付けるような涙はおさまっていた。発六郎のおかげだ。優しい人。とても。
「発六郎、ありがとう」
もう一度、心をこめて言った。
発六郎が虚をつかれたようにあたしを見た。
その、見開かれたふたつの瞳。長い前髪がかかっているせいでよく見えないのだけれど。
「…あれ?」
あたしは声をあげた。
ここまで近づかなければ気がつかなかった。
「あんた、瞳の色左右で微妙に違う?ほら、こっちのほうが色が薄く…」
あたしが腕を伸ばして前髪に触れるのと、発六郎が身を引くのは同時だった。
そのあまりに素早い身のこなしに、あたしは一瞬呆気にとられた。
「…御前、失礼いたします」
ようよう発六郎はそう言って、逃げるように部屋を出ていった。
えっ、と…なに?
顔がコンプレックスとか?悪いことしちゃったかな…。
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