第三部 1979年
新元素争奪戦
極東特別軍事演習 その1
[3/3]
[8]前話 [9]前 最初 [1]後書き [2]次話
犯人とされた大佐は、検察官立ち合いの元、即日の簡易裁判で一方的に死刑を宣告された。
銃殺刑に処された後、コムソモリスク・ナ・アムーレの市内の黒板に罪状を書いた紙を張り付けることで、一件落着となった。
(注:ソ連では、犯罪者や道徳に違反した行為をした人間の個人情報を黒板という黒い掲示板に張り付ける文化があった。
政治的に正しいことをした人物や、人命救助や道徳的に素晴らしいことをした人間は赤板という赤い掲示板に個人情報を張り付けた。
ソ連崩壊後は廃れた習慣だが、ウクライナ戦争でロシアは占領地域でこの習慣を復活させた)
「その者を野放しにしておいてよいのか」
薄い灰色のサマースーツを着た男が、骸骨のような顔を巡らせていった。
ワイドラペルのダブルブレストのジャケットに、裾幅が11インチもあり、袴のように太いバギーパンツという時代遅れの格好。
場違いな服装は、1930年代に英米の上流階級の子弟の間で流行ったビスポークスーツの一般的なスタイルだった。
「野放しではありません。
24時間の完全監視体制にあります。
電話やファックスは完全に盗聴しております」
上質なサマーウールの勤務服。
首都を防衛するKGB第9局の警護隊や国境警備隊、ドイツ駐留軍にしか許されていない特別な生地の服だった。
「なぜ監禁しない。
大事の前だ、口を封じろ」
老人は、既に20年来の年金生活者だった。
だが目の前に立つ軍服姿の男は、さも大臣からの質問を受けたかのような態度で応じた。
「それは簡単ですが、友邦諸国の軍に顔の広い男でして……
あらぬ疑惑を抱かせぬためにも、今は動きを抑え込んだ方が……」
薄気味悪いほど、男の口は平たんだった。
老人は、潔く男の意見に従うことにした。
「出来るか」
男は、再びゆとりのある笑みを浮かべた。
「今すぐにでも」
「検察を動かしたのか」
「KGB、内務省、法務省の一部です」
ドアが荒々しくノックされた。
老人は一瞬、躊躇いの色を表す。
黒い車に乗ったNKVDが、深夜に家庭訪問をするときに良く使われた手法だった。
老人は、その頃の習慣が抜けないのだ。
かつて、妻が逮捕されたときもこうだったな……
背筋を激しく震わせた後、それにこたえる。
「入れ」
意外な事にドアをノックしたのは、若い警護兵だった。
呼びかけに応じないので、荒々しくノックしたのだった。
「お時間です。本部で同志議長が」
老人はいつの間にか、乾ききった唇を湿らせた。
「言うまでもないが、我が国の存亡にかかわる問題だ。
必用とあれば、最終手段を取れ」
軍服姿の男は口元を引きつらせながら、答えた。
「心得ました」
[8]前話 [9]前 最初 [1]後書き [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]
しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2025 肥前のポチ