決意の章
03rd
焦燥
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示された通りに一人用ソファの一つに腰を下ろした。トイレを小脇から太腿の上に移動させ、抱き抱える様な姿勢となる。その様は宛ら幼い子供を抱える父親であった。
「……………………」
ふと、不安を覚えた。
右衛兵に自己紹介をされた時と同じ様な不安だ。しかし今回はあの時より強くより詳細にその不安を分析できる。この不安の正体は焦りだ。この侭ではいけない、早く何かしら行動しなければならない、そんな感じがする。何がいけないのかは判らないが、兎に角心が警鐘を鳴らしている。
トイレ男はこの不安、否焦燥に就いて右衛兵に相談すべきか否か迷った。こんな訳も判らない個人の感覚であの人を振り回してもいいのだろうか。右衛兵は心優しい人物だ、それはこれまでの短い付き合いからも判る。そんな彼だから、彼だからこそ、トイレ男が相談すれば真摯に対応し、何かしら反応してくれるだろう。彼に態々そんな事をさせていいのだろうか。これで結局何も無かったら、彼は無用の働きをした事になってしまう。
悩みに悩んだ挙句、トイレ男は相談する事に決めた。彼を振り回す事への躊躇が消えた訳ではない。それ以上に、心の鳴らす警鐘が大きかったのだ。
という訳でポットと分厚い本を抱えて戻ってきた右衛兵にその事を書いた紙を見せる。
「ふむ……」
それに目を通した右衛兵は何なら思案気に、
「若しかしたらさっきの既視感と関係有るのかもね。前この場所で酷い目に遭ったとか。そうでなければ記憶を失う前のやり残しが、ほんの僅かだけ頭に残ってたとかかな。取り敢えず、僕にできる事は無いとだけ言っておこう」
無力でごめんよ、と謝罪する右衛兵。
首を振って謝罪は要らないと伝えつつ、確かに漠然とした焦燥感だけでは何もできないよなと反省する。せめてこれから起こる何を危惧しての焦燥であるかが判らなければ、行動なんて起こせる筈が無い。
「じゃ、夕食までの間はこれ読んでおこうか」
右衛兵は脇に抱えていた大判の本を取り出しながらそう言った。
「タイトル読める?」
「……………………(首を横に振る)」
「ははぁ、やっぱ読めないよねぇ。これはお貴族様が使う難しい文字で『世界一〇〇科』と書いてあるんだ」
読んでみて? と中をパラパラと捲る右衛兵。内容を読んでみると『野菜はどこから来るのか?』『肉は我々と同じ様に動いていた』『貴族は友達ではない』等といった、小さい子供に教え込む様な常識が羅列されていた。
「話し方……単語に文法や文字の事は憶えてるみたいだし、君の中から全部の記憶が抜け落ちたって訳じゃないと思う。ただまぁ、やっぱ抜け落ちた奴の方が多いだろうから、暇な時間を使ってそれを補完しようという訳。嫌ならいいけど」
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