暁 〜小説投稿サイト〜
拝啓、あしながおじさん。 〜令和日本のジュディ・アボットより〜
序章
ゆううつな水曜日……
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かばないのだ。

 ――窓際の学習机で学校の宿題を終わらせ、一息ついた愛美は何げなく窓の外に視線を移す。
 もう夕方の六時前。外は暗くなり始めている。
 理事会は終わったらしく、門の外には黒塗りの高級リムジン車やハイヤーが何台も列を作っている。

「いいなあ……。わたしも乗ってみたいな」

 愛美はちょっと(あこが)れを込めた眼差しでその光景を眺め、机に頬杖(ほおづえ)をつきながら想像してみた。――ピカピカに磨かれた高級リムジンに乗り込む自分の姿を。
 
 高級ブランドスーツに身を包み、後部座席にゆったりもたれてお抱え運転手に「家までお願い」とか言っている――。そう、自分はお金持ちの令嬢だ。
 そして高級リムジンは立派なゲートを抜け、大豪邸の敷地内へ入っていく――。

 けれど。愛美の空想はそこまでで止まってしまった。

「……あれ? 大豪邸の中ってどんな感じなんだろう?」

 一度も入ったことのない、大きなお屋敷の間取りがどんな風になっているのか、インテリアはどんなものなのか? 全くもって想像がつかない。
 友達の家に遊びに行ったことはあるけれど、そこだってごく普通の民家。豪邸≠ニ呼べるほど立派な家ではないのだ。

「はあ…………」

 なんだか(むな)しくなった愛美は、空想を打ち切った。ちょうど、おやつタイムが終わったおチビちゃんたちが戻ってきたからでもある。

 ――これが愛美の現実。高級リムジンで送迎してもらえるようなお嬢様にはなれないし、そんな人たちと自分は住む世界が違うんだ。彼女はそう思っていた。

 ――この日の夜、聡美園長先生から思いがけない話を聞かされるまでは……。 


   * * * *


「――ごちそうさまでした」

 晩ごはんの時間。愛美は半分も食べないうちに、箸を置いてしまった。今日のメニューは、大好物のハンバーグだったというのに。

「あら、愛美ちゃん。もういいの?」

 (てる)()先生が、心配そうに愛美に()いた。

「うん、なんかあんまり食欲なくて……。先に部屋に行ってます」

「そう? あとでお夜食に、おにぎりが何か持って行ってあげましょうか?」

「ううん、大丈夫です。ありがとう」

 ぎこちなく笑いかけて、愛美は食堂を出た。重い足取りで階段を上がっていく。

(……結局、園長先生に進路のこと話せなかったなあ)

 理事会はもう終わっているはずなのに、園長先生は晩ごはんの席にも来なかった。その前にでも、話そうと思っていたのに。

 部屋に戻ると、愛美はしおりが挟まった一冊の本を手に取った。
『あしながおじさん』――。彼女が幼い頃からずっと愛読している本で、もう何度読み返したか分からな
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