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或る皇国将校の回想録
第二部まつりごとの季節
第二十七話 馬堂豊久と午前の茶会
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も悪目立ちしてしまったみたいで」

「父も気にしていました。残念ながら弓月は軍に口出し出来ませんが。」
 弓月家――故州の伯爵家であり、嘗ては幾度か皇主の侍従を務めた当主も居る名門だ。現在、当主が現侍従長を務めている名家・右堂家の遠縁にも当たるらしい。
彼女の父である弓月由房は、万民輔弼令の直後から目敏く衆民官僚を保護し、中堅官僚達を取り纏め、長女の嫁ぎ先の芳州子爵の持つ鉱山利権を資金源として一大派閥を造り上げているが、頭を五将家に抑えられ、勢力の拡大は限界と見られている。流石に五将家の中枢である軍や兵部省に入り込む余地は無いのだろう。
「だからこその婚約、そういう事ですからね」
 自嘲するように豊久が相槌を打つ。
 ――そうした家と金満将家、きな臭さを嗅ぎとれ無いほど俺は純粋では無い。だからと言って反対しているわけでもこの女性が嫌いなわけでもないし魅力的だと感じるのだが――どうも踏ん切りがつかない。

「あら、拗ねないで下さいな」
 柔らかく微笑みながら茜は弟を見るように豊久を眺める。
「拗ねていませんよ」
 ――割り切れない幻想を持つのも問題だ。折角の良縁なのに要らぬ裏を勝手に嗅ぎとっているのだから馬鹿げた話だ。何処かの御行じゃないが知って知らぬ振りが上等、一時の浮世の夢と承知で惚れる、それが粋よ、だ。
「ただ――自分に呆れているだけです」
 ――それが一番なのだが、酒も色も酔うのが怖い無粋で不調法で臆病な半端者なのだ。
他人の裏を探って要らぬ逡巡をしているだけである。どうしようもない俺の持病だ。
「損得有りでも私は構いませんけれど――意外と純ですよね。」
くすり、と笑われた。
彼女はそうしたものだと理解して割り切っているのだろう。

 寂しいような、羨ましいような感傷を味わいながら豊久も笑う
「・・・・・・前にも誰かに言われた気がします」
 威厳と愛嬌が入り混じった戦姫が脳裏に浮かんだ。
「あら、きっと美人でしたのでしょうね。」
 薄く、微笑を浮かべた許嫁に豊久は再び唇を引き攣らせた。
 ―― 一流の占師は指を一本立てるだけ、などと小話にあるように曖昧なものに人は自分で意味をつける。自分の場合は――人間、後ろめたいと枯尾花も幽霊に見えるものである。



同日 午前第十一刻 馬堂家上屋敷 第三書斎(豊久私室)
弓月家女 弓月茜


「――美人、ですか。色々と問題がある方でしたけれど――そうなりますね。出来れば二度と拝謁の機会を頂きたく無い人です」
 溜息を喉元でころし、目の前で決まり悪そうにしている許嫁――馬堂豊久を観る。
 難儀な人だ――とは思う。政略婚姻に納得していても踏み切る事もできず――中途半端なままずるずるとこの婚約は四年近く続いている。

「北領でその御方と?」
 
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