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或る皇国将校の回想録
第二部まつりごとの季節
第二十七話 馬堂豊久と午前の茶会
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皇紀五百六十八年 五月一日 午前第九刻半
馬堂家上屋敷 第三書斎(豊久私室) 馬堂家嫡男 馬堂豊久

 馬堂豊久と新城直衛の共通点として真っ先に挙げられるのが、念入りに事前の準備を整えることに腐心する性質であることだろう。それは日常における最大に危機に対応する事も例外ではなく万全の準備を整えようとしていた――報われるかどうかは兎も角として。
故に豊久は眼前の年下の青年と少女にひそひそと話しかけた。
「なぁ、君らの姉君は怒っていたかな?」
 相手は豊久が婚約を交わしている弓月家の子女達である。連絡を疎かにした挙句に俘虜になり、帰ってきてからも今日になるまで音沙汰なし。
 宴会から帰った日に来訪の知らせが来たとなると、罪悪感も倍増である。
「解りませんね。僕は庁舎と寝台の往復でしたから」
 弓月家長男である弓月葵はあっさりと肩を竦めて答えた、姉二人に妹一人と女性に挟まれている所為かそうした仕草が一々洗練されて見える。
「あぁ、君は今年度から外務省勤めだったな。ちょいとばかり時期が悪かったが、おめでとうと言わせてもらうよ」
 「豊久さんに時期が悪いと言われると泣きたくなりますね――と云いますかその新人をこんな事で呼び出さないで下さいよ――本当は兵部省に使いに出てるだけの筈なんですから」

「御父様も似たようなものでしたものねぇ。御兄様も今年から御役所勤めだから姉様にはちょっと辛い状況だったと思いますよ。なにより一番話したい相手が連絡ひとつくれませんでしたし」
 そう云いながらもしゃもしゃと出された菓子を食べているのは弓月碧――未だ十代前半の弓月家の末子である。真っ直ぐに伸びた黒髪と大きな瞳が整った顔立ちを飾りたてているのだが、今は口に菓子粒をまぶすことで見事に台無しにしている。
「解ってる、解ってるから今から甚振るのは止めてくれ」
碧の容赦ない言葉に北領の英雄は身を縮めながら情けない声をあげた。本来なら、葵だけを呼び出すつもりだったのだが姉達の薫陶を受けた少女は目聡く愉悦の種火を見いだしたのであった。


 性質の悪い若者達はなおも寸劇をつづける。
「碧、俺の所為にしないでくれよ」
「そうね、一番悪いのは許嫁に無事を知らせる手紙も出さずに居た英雄様ですわ」
 ――やはりそうなるか。
当然の帰結に豊久は深い溜息をついた。
「わかった、わかった、素直に俺が頭を下げれば終わる話だ」
新任の外務官僚と若き令嬢は視線を絡ませ、同時に言葉を発した。
「「その前に、姉上(様)のお説教を聞かなきゃいけないでしょう?」」


同日 午前第十刻
馬堂家上屋敷 応接室 馬堂家嫡男 馬堂豊久


 ――類は友を呼ぶ、或いは朱に交われば赤くなる。卵が先か鶏が先かの違いはあれども俚諺は真理と言われている通り、おおむね世の常とい
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