第四章 (2)
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―――なんか、疲れた。
紺野さんが、悪い奴かもしれない。
柚木に、一生嫌われるかもしれない。
僕は昨日、眠れなかった。
紺野さんの敵意、柚木の嫌悪、そんなこもごもの、誰かの強い感情に晒されるのかと思うと……。
僕は、強い感情をぶつけられるのが苦手だ。
それが好意でも悪意でも。
僕は、強い思いに応じられるものを、何も持っていないから。
だから今日、僕はどんな手を使ってでも、紺野さんが僕の要求を聞かざるをえない状況にして、相手の感情が爆発する前にとっとと引き上げよう、と思っていた。
僕は紺野さんが消えることを、なんとも思っていない。柚木に嫌われても、別にかまわない。サークルを変えて、新しくつるむ友達を作って、柚木からフェードアウトしていく…柚木は元々僕のことなんて何とも思っていないんだから、誰も傷つかない。被害にも遭わない。めでたし、めでたし。
そう、自分を納得させて、ジョルジュに向かった。
でもそれらの、少なくとも一つが杞憂に終わったことで、僕は自分でも驚くほど動揺していた……。痛みを忘れるためにかけていた麻酔が一気に切れて、痛みが戻ってきたみたいだ。訳のわからない内臓の痛みと、前頭葉を押しつぶされるような頭痛。
感情に左右される生き方をこれほど嫌っているのに、僕自身が他人の感情という呪縛から抜け出せない。…忘れろ、全ては丸く収まった。僕は、自由だ。
何か考えるのも、何も考えないのも嫌で、道すがら看板の文句を呟きながらフラフラと歩いた。
いい加減、自分がどこを歩いているのか分からなくなったあたりで、僕はふいに目をあげて暗い空を見た。
「東京は、星が見えないなぁ……」
それが妙に、僕をほっとさせた。
――あ、そうか
僕はここ10年くらい、夜の空を見上げていない。
星空は、怖い記憶を蘇らせるから。
仰向いて見上げた満天の星空……それを遮って浮かびあがる漆黒の影、淡い石鹸の匂い。細い指の感触……。
か細い声でくりかえされる、何かの言葉。背中に感じた、ひんやりした土の感触。
草のにおいと、薄れていく意識。それから、なんだっけ………
……馬鹿な。こんなことを詳しく思い出してどうするんだよ。
今日はもう、家に帰って寝よう。前後不覚に。
朝、目が覚めたら、また全てが曖昧な記憶に戻ってくれるに違いないから……
「………遅い!!」
……玄関を開けると、柚木がWiiリモコンをぶんぶん振っていた。
「…なんで?」
なんで君がここにいる?そしてなんで僕のWiiを引っ張り出して遊んでいる?…いやそもそも、なんで僕の部屋に入れたのだ?玄関先で呆然としている僕を尻目に、柚木はやりかけのWiiに向き直って再びリモコンを振り始めた。…あ、ゼルダやってる…
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