第109話 遺していくもの
[4/10]
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
すぎた。『特殊趣味』の門閥貴族の愛人になることも辞さなかったが、嫉妬かどうかは分からないが、ワレンコフによって同盟側に送り込まれることになった。そしてトリューニヒトと知己を得ている。
彼女を特別扱いすることはできない。近いうちに俺は最前線に立ち、最低でも二〇〇〇人以上の部下を抱えることになる。その将兵一人一人は人間で、悩みのない人間などいない。俺の指揮によって彼らの命が失われたとして、彼らの残した遺言をこなさなければならない義務はないし、逆に言えば請け負ってはならない。そもそもこの映像だって真実を話しているとは誰も保証してくれるわけでもない。だがそれでも……
「黙って知らんぷりできるような人間ではない、とレディ・チェンに見込まれたわけだ。俺は」
勝手に寄せられた期待に応える義務などないが、短い期間とはいえこれまでチェン秘書官に随分と助け(弄ばれ)られてきた俺だ。予定された赴任時期は今年の九月。予算成立・現任務の引継ぎ・新部隊の訓練と予定が詰まっている以上、動けるときに動かなければならない。時間を確認し、強制的に体内のアルコールを抜く薬(苦い)を呑み、吊るしのサマージャケットに身を包んで、自動タクシーを呼び……
「……これって『丸投げ』って言うと思うんだけど、もしかして貴方の辞書では違うのかしら?」
午後九時。メープルヒル市街中心より二キロほど離れた、市外縁部に在るホテルグランドフォークス〇六九のラウンジ。顔に超絶不愉快ですと書いてある若妻は、隣に人の良さそうな旦那さんを座らせ、俺に向かって皮肉を浴びせてくる。
「髪の毛数本とマイクロデータだけで、フェザーン籍に登録されている可能性すら乏しい人間を探せって、無茶ぶりもいいところよ。駐在武官をやっていたんだから、フェザーン人の探偵の知り合いはいくらでもいるでしょ?」
「フェザーンではシャーデン・デ・ラボンデ(ラベンダーの木庭)しか信頼できなかった」
「昔の女に甘えるの、大人の男として控えめに言って『クズ』だと思うわ」
そう言う若妻から眩しい笑顔を向けられたラヴィッシュ氏は、だいぶ困った顔をしている。心酔する株主のヤバい依頼を、ロハ(タダ)で請け負っているモノ好きな妻も、大概だと思っているのかもしれない。俺と自分の妻の間の空気を察し、恐らくはドミニクとの関係も考慮に入れつつ、優しさの籠ったやや低い声でラヴィッシュ氏は俺に言った。
「私達夫婦はドミニクオーナーからのお仕事として、メッセンジャーを請け負っております」
言葉は優しいが、事の軽重に関係なくお前の仕事はタダではやらないぞ、という意味がしっかりと含まれているのは分かる。ミリアムは元が同盟人で、意志あらば損得抜きで動くことに躊躇はないが、ラヴィッシュ氏は間違いなく『フェザーン人』だ。
「し
[8]前話 [1]次 [9]前 最後 最初 [2]次話
※小説と話の評価する場合はログインしてください。
[5]違反報告を行う
[6]しおりを挿む
[7]小説案内ページ
[0]目次に戻る
TOPに戻る
暁 〜小説投稿サイト〜
利用規約/プライバシーポリシー
利用マニュアル/ヘルプ/ガイドライン
お問い合わせ
2025 肥前のポチ