第109話 遺していくもの
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宇宙暦七九一年 六月より ハイネセンポリス
「指導者が備えるべき風貌を完全に有する親愛なる上司にして、砂糖を煮詰めて頭のてっぺんから身体中に流し込んで凍らせたような、甘ちゃん坊やの中佐殿へ。この手紙をご覧になっているということは、ほぼ間違いなく私はこの世に居ないので、中佐から罰を受けることはできません。悪しからず」
初っ端からしてぶっ飛んでるその映像データを開いたのはこれが何度目だろうか。短い死亡通知が届いて三〇分後に、今度は軍情報部から本物の緊急コールが飛び込んできた為、その対処に奔走させられて二四時間後に届いた厳重にプロテクトされたかなり長い『手紙』について、その時はしばらくまともに聞くことができなかった。
フェザーン自治領主爆殺事件、と短い名前だけに深刻な事件は、銀河のあらゆるところに衝撃を与えた。帝国、同盟、そしてフェザーン。この世界に三つしかない『国家』の首長の、それも戦争に『加担していない』人間が、会食後のホテルのロビーから装甲付送迎地上車に乗り移る僅かな間を計って爆殺されるなど、到底考えられない話だからだ。
死者五名、重体三名、重軽傷者二二名。死者には軍用高性能爆弾を胸ポケットに入れて突っ込んできた犯人も含まれる。流石に核兵器ではなかったが、ホテルの出入口はバラバラになった死体と、何故生きているか分からない位まで破壊された人間と、偶然周りにいて吹き飛ばされた人間の流血で辺り一面血塗れ状態。爆発のあった場所と規模に比して死者が少なかったのは、自治領主が事前に見送り不要と言っていたからだと言われているが、定かではない。とにかくフェザーン創立以来四人しかいない終身制自治領主の、当然ながら初めての暗殺だった。
「自治領主の傍に黒髪の女性の死体があったら、どんな名前であったとしても私だと思って間違いはありません。私にとって名前などいつでも変更できる軍艦の識別信号よりも軽いものです。恐らくフェザーンの無縁墓地に葬られることでしょう。日頃おっしゃっていたような平和など、中佐が生きている間には到底無理でしょうが、出来れば永代供養料を支払っていただけるといつでも会えると思いますので、お知り合いの皆様にお願いして、お支払いのほどよろしくお願いします」
最初にそんな言葉が来るということ自体、チェン秘書官の精神状態を疑う話だが、これまで見たこともないような笑みを浮かべていることからして、恐らくは自治領主に再会し最も身近な秘書兼護衛として再雇用されてちょっと『おかしく』なっていたのだろう。それで愛する自治領主と一緒に亡くなったとなれば、それは彼女にとって本望だった、のかもしれないが。
「ただあと三つ中佐にお願いしたいことがあり、お手を煩わせるようで申し訳ないのですが、これまでの忠節に免じて何卒お願いしたく存じます…
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