第108話 凶報
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トン氏の表情は実に冷淡なものだった。ただ何も言葉を発することなく、顎で俺のオフィスの出口を指し示すだけ。
「……あの若造についてはこちらで確実に処分させてもらう。が、それとは別に貴官への謝罪も込めてここだけの話をさせていただきたい」
顔面蒼白、足を引きずり、肩を落としたピース氏が扉の向こうに消えてからたっぷり二分後。諦観と謝罪のない混ざった表情を浮かべてエルトン氏がゆっくりと口を開く。
「ウー=キーシャオの出身はフェザーンで四四歳。三回顔を変えているが、中央情報局国外諜報部の潜入工作員として二〇年勤務している」
「そうですか」
「……驚かれないということは、とうに貴官はご存知ということか。なるほど配転二年目の公安刑事上がりでは勝負にならんな」
自嘲ともとれる笑いを浮かべると、俺のオフィスの四隅に『飾られている』カメラを見つめて続ける。
「これまで彼女が収集した情報はあまりにも大きく、深い。そして一度として我々の期待を裏切ったことはない。幾度となく昇進の機会があったにもかかわらず、それを拒んできた。代わりに給与を求めてきたので、それに応じて支払っている。O−八(少将)ぐらいだろう。危険手当も含めれば私の二倍かな」
「……」
「その彼女が我々に何も連絡せず姿をくらまし、それからしばらくしてフェザーンと我が国の国防企業と投資ファンドの三者間でとてつもない額の取引が発生した……我々の懸念していることは、賢明な貴官なら理解してくれると思う」
銭ゲバの熟練女スパイが、大金に目がくらんで取引を仲介し、逃亡した。単純なだけに余計ありそうだと思わせる話だ。だが仮に逃亡を試みたとしても、中央情報局の網であれば捕まえられる。そう思っていたが一向に引っ掛からない。
「我々としては彼女と連絡が取れれば十分なのだ。盛大に顔に泥を塗られる羽目にはなったが、軍案件のインサイダー取引であるにもかかわらず軍情報部はいつも以上に惚けてるし、政治案件だとしても中央検察庁はだいぶ不満そうだが一様に口を噤む。これだけ見れば少なくとも私個人は、彼女が我々を裏切ったとは思っていない」
実際のところは最初の最初から裏切っていたわけだが、それをエルトン氏に言ってやる義理はない。俺が何も喋らないと見た氏は、スーツの内ポケットから一枚名刺を取り出した。それは最初に提示された中央情報局の名刺ではなく、機器メンテナンス会社の営業職の名刺だった。
「彼女から連絡があったらそこに連絡してほしい。貴官の迷惑になることは決して……」
言い終える寸前だった。俺の腰についていた携帯端末が、不愉快な緊急コールを響かせる。隣室にはまだベイが居るが、そちらから同じ音が聞こえない上にノックがされない以上、軍から発せられたコールではないと分かる。つまりは『俺のよ
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