第108話 凶報
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ン=エルトン氏。名刺に書いてある職責は諜報課課長。分かりやすく言えば同盟国内におけるスパイ狩りの元締めだが、パリッとしたスーツを着ていてもどこにでもいる中小企業の営業課長にしか見えない。
一方左手で俺に向けて軽蔑と警戒の視線を向けている三〇代半ばのすっきりと出来るエリート臭を漂わせる男がヒュー=ピース氏。職責から言えばフェザーンや帝国の内情を探るスパイ。班長ということは工作員の纏め役というところ。
「予算審議が厳しくなる時節に、お邪魔して申し訳ないです。ボロディン中佐」
ソファに座りつつ深く頭を下げるエルトン氏と、不承不承で小さく目礼するピース氏の対象は、良い警官と悪い警官のテクニックだろう。それに乗る必要はなく、いつも通り師匠譲りの穏やかな笑顔に、ほんの僅かな焦りを込めて応える。
「いえいえ。確かに忙しいですが、中央情報局の方からたってのお願いとのこと。いつでも言って頂ければ」
「そうおっしゃられると、こちらとしても気が楽になります」
はぁあああ、と右手で頭を掻きながら溜息をつきつつ、エルトン氏は目の前のカモミールティーに視線を落としながら指をさす。実にその動きが自然で、気味が悪いくらいだ。
「これはもしかして、中佐自らお淹れになっていらっしゃるので?」
「えぇ、そうです」
先に口を付けて味わえば、教科書通りのすっきりとした味わいが溢れる。
「本来ならば秘書官が淹れてくれるのですが、生憎家族が重病だということで、ちょっと席を外しているんですよ。味が悪くて申し訳ない」
「とんでもない! 全然問題ないですよ。なんならウチの嫁さんに教えていただきたいくらいです」
ややオーバーな手振り。これで安っぽくてよれよれのレインコートを着ていたら、サスペンス・テレビ映画の名警部(補)みたいな感じだ。恐らく嫁さんという存在に出会うことがないのも同じだろう。いきなり本題を軽く小突いてくるというのも同様に嫌らしい。
「あぁ……実に落ち着きますね。私もこういうオフィスでのんびりと茶道楽をしたいものです」
「そうですねぇ。時間があれば、私もエルトンさんと全く同じ思いですよ。ほんと軍の仕事なんてろくでもない」
「士官学校、それも戦略研究科でしかも首席で卒業された中佐でもそうなんですか? 辺境でも前線でも銃後でも見事な武勲を上げていなさるのに。いやぁ心の同志というものは、意外なところに在るものですなぁ」
「なかなかお互いにうまくいかないものですねぇ」
はははっと俺とエルトン氏の笑いがソファのテーブルの上で重なるが、ピース氏の表情も仕草も全く変わらない。これはこれで気味が悪いが、まったくの世間話風のおだてに含めてお前の経歴など早々に洗っているぞと言ってくるエルトン氏に比べればマシだ。
「それで……緊急のご用件とは?
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