第106話 憂国 その6
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ない洗練された話芸だ。
「トリューニヒト先生は我が同盟における数多の政治家の中でも、異なるセクションを的確に繋ぎ合わせるコミュニケーション能力と、時節をお掴みになる判断力と、大衆を惹起させる魅力において比類なき存在です。遅くとも三年を待たずして国防委員長に、五年内には最高評議会議長となられます」
原作では国防委員長になる時期は書かれていない。ただ惑星レグニッツア上空戦時点で国防委員長であるのだから、それより就任が早いのは間違いない。まぁ五年後議長になるのは、その時の最高評議会メンバーが『それなり』の面子だったからなわけだが。
「おやおや……ボロディン中佐、ちょっと勘弁してくれないかね」
言ってる俺でも歯が浮きそうになる言葉に、降参降参といった崩れた表情で、頭を後ろに引きつつ右掌を俺に向けて小さく振る。いかにも照れ隠しといった仕草なのに、左手は机の端に置かれたままピクリとも動いていない。
「いずれはそういう地位に就きたいとは思っているが、今の私は言葉が上手いだけの若造に過ぎないよ。与党にも議会にも、強固な支持基盤を有した百戦錬磨の老獪が揃っている。もしかしたらお試しで委員長職に就任させてもらえるかもしれないが、五年で最高評議会議長は流石に無理だと思うね」
「時節とは常に一定の蹴上げが続くわけではありません。時として長すぎる踊り場があり、踏板に穴が開いていたりしています」
「たしかに。それは君の言う通りだね」
「ですが先生は、時に二段飛ばし三段飛ばしで、階段を上ってこられました。踊り場にある時でも、常に高みを見据えて、労を惜しまず機会を掴み、それを生かしておいでです」
マーロヴィアというド辺境の治安回復作戦に、責任や損害を負わない立場を利用して口利きして、宣伝で功績の大半を持っていく。エル=ファシルへの帰還協議会にヤンが出席することを掴むや、メンバーでもないのに顔つなぎに現れ、会議の流れを舌先三寸で自分の意図したように動かして見せた。
どれも成功する可能性は低く、成功しても目立たない功績であっても、塵積っていけば大きくなる。実はこれは彼が手掛けた、あれも彼が手掛けたという評判は積もり積もって名声となり、強固な支持基盤を作り上げる。実際にリスクを負う立場の人間にとってみれば憎々しい限りだが、まったく逆の意味で彼が手掛けたということで目立たない功績が世に広く知られることにもなっている。
「故に先生ご自身につきましては、小官として何一つ申し上げることはないのですが……」
「が?」
「『犬のリード』はしっかりとしたものをお買い上げいただきたいと、思う次第であります」
俺の言葉に、トリューニヒトの左手の人差し指がピクリと動く。表情筋は全く変わらず苦笑いを浮かべているが、僅かに開いた瞳が言い終えた後、
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