第106話 憂国 その6
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官を無理やり車の中に押し留め、廊下に開かれているレイバーン議員会館五四〇九号室のドアをノックすると、予想通り耳に入れば殺意を急上昇させる声が俺を出迎えた。
「お待ちしておりました。どうぞ、ボロディン中佐殿」
例によってウィスキーを傾けた後の、あの独特な嫌らしい笑みが向けられている。視線は嘲笑を含み、顔には愚弄の文字が浮ぶ。一応席から立っているということは、まだこの場所では身内以外には正体を隠しておきたいという証左なのかもしれないが、現在ヨブ=トリューニヒトの優先リストでは自分の方が立場は上だと言っているに等しい。
だが同時に俺は納得もしている。もし憂国騎士団が俺によって一部壊滅した状況をコイツが把握しておれば、その態度には警戒と敵意の成分がもっと含まれているはずだ。それがないということは、『Bファイル』についての結論が出て、フェザーン自治領主の命数が尽きたということかもしれない。ある程度想定していたが、チェン秘書官をここに連れて来なくて正解だった。
師匠直伝の、目にも顔にも感情を出さず相手に心を読ませない無言の略礼で俺が応えると、流石に異常さに気が付いたのかカモメ眉の上辺に皺が寄る。だが引き止めることはできない。何しろ「どうぞ」といった本人だ。俺は遠慮なくトリューニヒトが居るであろう応接室の扉をノックし、中から「入りたまえ」の声に従って扉を開き、中に入ってから扉を閉じて背後の粘着質な視線を遮断する。
「予算審議が本格化する前だというのに、君の職務に対する熱意には感服するよ」
以前同様にチキンフライと、リンゴと生姜のホットスムージーが並べられたテーブルを前に、怪物は座ったまま笑顔を浮かべて、右腕を伸ばして対面に座るよう促してくる。俺はキッチリと敬礼してから、遠慮なく椅子を引いて腰を下ろした。
「流石に三〇分では食堂もチャーシューは用意できなかったみたいなんだ。悪かったね」
「いつもながらに先生の、小官に対するご厚情には感謝に堪えません」
怪物と相対して、この程度の嫌味の打ち合いは軽いものだ。『戦果』を待ちわびていたついでであろうから、トリューニヒトとしては深夜の訪問であっても、それほど気が発つ話でもない。
「ただどうしてもこの時に、先生にはお話ししなければならないことがありまして」
「緊急性を要する事態、ということかね?」
「はい」
「拝聴しよう。ほかならぬ『エル=ファシルの英雄』の話だ」
国防委員会も統合作戦本部も、近々で積極的な軍事行動を起こすことは考えてない。それを承知の上で、俺が告げ口のようなことをしてくることに疑念を抱きつつも、聞く価値はあると判断したのだろう。右手を小さく翻すその仕草は実に自然で、言葉にも微妙な阿諛を織り交ぜる。先程まで一緒にいた素人集団では到底マネでき
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