第106話 憂国 その6
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せん」
俺はグラスを置いて席を立ち、座ったままのトリューニヒトに向けて深く頭を下げた。
「民主主義国家の最高権力者の手は、なるべく綺麗であるべきです。如何なる色の血でも汚してはなりません」
頭頂部からギッという、椅子を傾ける音がする。頭を上げてみれば怪物は目を瞑り、両手を腹の上で組んで首を仰け反らせている。返答次第では俺が持っているデータを軍情報部とマスコミに流し、ようやく拡大基調にあるトリューニヒト中心の国防会派を潰しにかかるかもしれないと考えているのだろうか。
「……君は本当に政治家になるつもりはないのかね?」
二分ばかりの沈黙の後で、トリューニヒトは目を閉じたまま問いかける。勿論俺の回答は決まっている。
「二言はありません」
「君のこれまでの経歴と能力からすれば、流石にブルース=アッシュビーとは言わなくても、ウォリス=ウォーリックよりは政治家としてうまく立ち回れるはずだ。それでも?」
「私の夢は軍にあるうちに帝国との戦争が終わるか小康状態となり、自分より年下の赤毛の美女と結婚し、あくせく働かずとも二人と子供二人位で食っていけるようになることです」
それが最高ではあるが、目的は生存中の同盟という国家の存続と再生。原作通りに話が進むのであれば、金髪の孺子の首を獲るか、宇宙暦八〇一年七月二七日まで銀河の半分が民主主義国家である状況を作り上げることだ。
だが蛙のような目が開いて俺を見つめるトリューニヒトの顔は、つい先程とは全く違って興味津々と言った感じだった。俺にも少なからず欲望があり、清教徒的な軍国主義者ではないとハッキリ理解したからだろう。
「引く手数多といわれる君が結婚しないのは、やはり約束した人でもいるからなのかね?」
「そんなデマを飛ばす下種は誰です?」
ラージェイ爺のチケットを使う機会がない程度の忙しさでそんな出会いなどないし、戦争のおかげでフェザーンに飛んでいくことができない。そして職場に美しい化蛇が棲み付いて身の回りの世話をしているという話があって、引く手数多どころか砂漠状態だ。思わず握られた拳に気が付いたトリューニヒトが、お茶目さと下品さの絶妙な間隔を抜くような芸術的なウィンクを見せる。
「おっと、それは言えないね。言ったらまたぞろ君の仮面の下から猛禽が出てくるだろう?」
「ペニンシュラ氏ですか?」
「残念ながら違うね。これは本当だよ?」
苦笑を浮かべながら手を振ると、トリューニヒトは俺に向かって今一度席に座るよう軽く指図する。俺がそれに従って腰を下ろす間に、空になった二つのウィスキーグラスを再充填した。しかしすぐグラスを取ることなく、机の上で手を組み右手人差し指だけ突き出して眉間に当てつつ、俺を見つめながら言った。
「政治家にならないというのであれば、
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