第一章
[2]次話
固過ぎるスコーン
八条自動車イギリス支社の営業部所属のマライヒ=チューズの趣味は料理である。茶色の癖のあるロングヘアとはっきりした青い目に形のいい細長い眉に一六五位のスタイルのいい外見である。仕事ぶりは出来ることで有名だが。
その趣味はだ、彼女を知る者は誰もが言っていた。
「どうもな」
「あまりにも酷くて」
「その料理は食べたくないな」
「絶対に」
こう言うのだった、実はチューズは料理の才能が全くなかったのだ。
彼女だけは自分の料理を食べても平気だ、しかし周りは彼女の料理のまずさに一口で絶句するばかりだった。
「ここはイギリスだから」
「いいけれど」
「他の国だと」
「もうアウトよ」
こう言うばかりだった、兎角だ。
彼女は料理が下手だ、それでだった。
彼女自身以外は彼女の作った料理を食べなくなった、しかしそれはあくまで彼女の料理を知っている者だけで。
日本からイギリス支社に転勤した田中和枝大学を卒業したばかりの若々しい小柄で丸い顔と黒い目と黒髪のショートヘアの彼女は言った。
「漫画じゃないですから」
「そんなまずいお料理ない?」
「イギリスでも」
「そうだっていうの」
「そうですよ、私イギリス留学の経験があって」
周りに流暢なキングスイングリッシュで話した。
「その時もです」
「平気だったんだ」
「この国の料理ってそっちで有名だけれど」
「それでも」
「結構いけます」
これが田中のイギリス料理についてのコメントだった。
「鰊やザリガニのパイも鰻のゼリーもハギスもアイルランド料理も」
「全部評判悪いけどな」
「スコットランドや北アイルランドにも行ったのか」
「それで食べてたんだ」
「ですがいけました、ですからチューズさんのお料理も」
まずいと評判のそれもというのだ。
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